灰原さんの読書感想文

「へえ、珍しいもの読んでるな。どういう風の吹き回しだ、灰原？」

　阿笠博士の家に、変声機の調整に来ていたコナンは、ソファで灰原哀が読んでいた本を覗き込んで、その意外性に眼を丸くした。

「博士に言われたのよ」

　怜悧な少女は本から眼を離さず、聞きようによっては皮肉にも聞こえる返事をする。

「もう少し子供らしく振る舞った方がいいって。あなたを見習ってね、江戸川くん？」
「悪かったな。で、それを読んでるのか」
「そうよ。博士が日本の子供を理解するのには、これが一番いいって言うから。私は組織で育ったから、あまり普通の子供とは関わってこなかったのよ。海外も長かったし。だから、今一つ日本の子供ってよく分からないの。でも、児童文学もなかなか面白いものもあるのね。興味深いわ」
「へえ、そうか？」

　思いがけない言葉に、コナンはまじまじと哀を見つけた。コナンの視線を受けて、本を眺める哀の双眸は実験体を前にした、科学者のような光を閃かせる。

「劣等感の塊のような少年が、未来の機械文明の力を借りて、自分を取り巻く社会に対抗する。見方を変えれば、これは自立と自助努力を放棄した少年を利用した、未来世界による現代社会への鉄槌、警鐘の物語と言っていいかもしれないわね。なかなか趣き深いわ、そう思わない？」

　哀に同意を求められて、コナンは軽い目眩を覚えつつ、肩を落とした。

「『ドラ○もん』読んで、そんな感想持つのはおめーぐらいだよ」
「あら、そうかしら」

　本当にそう思っているのだろう、哀はほんの少しだけ不思議そうな色を乗せてコナンに視線を向ける。コナンは哀の横に置いてある別の本を取り上げる。

「これも博士が渡したのか。灰原、もし、本気で子供の文化を知りたきゃ、元太達に本を借りた方がいいと思うぜ。博士の常識は古すぎるぞ。ちなみに、参考までに聞くけど、この本はどういう感想だ？」
「ああ、日常生活に埋没する事によってのみ得られる庶民の幸福が題材の話ね。その平凡にして恒常的な幸福を繰り返し見せる事によって、体制に対する変革への期待ではなく、安定への安らぎを読者に喚起させる。ある意味政治的ね」
「おめーにかかると、『サザ○さん』もとんでもない事になるな。『ドラ○もん』も『サザ○さん』も子供向けってのは間違っちゃいないけど、灰原、『ポケ○ン』って知っているか。今の小学生に人気なのはそれだぞ。まあ、他にもいろいろとあるけどさ」
「失礼ね。馬鹿にしてるつもりかしら、それで。『ポケッ○モン○ター』でしょ。知っているわ。人間が戦闘種の動物を捕獲して、戦わせる話。こないだ円谷くん達が見せてくれたわ。
タイトルがスラングでは別の意味になってしまうから、海外では略称でメディア展開している作品でしょ。
主人公の少年は要するに、世界一の動物使いを目指して旅をする。どこが面白いのか、私には分からなかったけど、あの世界の生態系にはちょっと興味がそそられるわね。生存本能とは無関係に発達した特殊な戦闘能力。環境を破壊しない自然発生的究極の生体兵器。もしも、実際にああいう動物がいるのなら、どんな細胞組織になっているのか、ぜひ解剖してみたいわ」

　科学的好奇心に瞳を輝かせて、口の端で笑う少女にコナンはこめかみを押さえながら忠告してやった。

「灰原、分かった。オレから博士に言っとくよ。おめーは下手に子供らしさを追求しない方がいいと思うぜ。それと間違っても今の感想を光彦達には言うなよ。あいつら泣くぜ、きっと」
「あらあら、子供って難しいのね」

　少女は冷ややかな溜息混じりに小さく笑って、肩を竦めた。

　江戸川コナンとは別の意味で、灰原哀の普通の小学生への道は遠かった。
(2003.05.05UP)

数年前に出したコナンのコピー本に載せた話です（汗）。身内に受けがよかったし、自分も気に入っていたシリーズでした（苦笑）。

お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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