秘
〜　コーネリア　〜

「魔王ルルーシュは死んだ！ 人質を解放しろ」

　魔王は英雄により倒された。
　世界は歓喜し、人々は喝采を送った。
　悪逆皇帝が仮面の英雄ゼロに討たれた後、コーネリアは、元々の人質解放のための襲撃部隊を指揮した。
　ゼロの登場、あらかじめ決められていたとしか思えないジェレミアの無抵抗の撤退により、コーネリア達の目的は人質解放から、雪崩れ込んできた一般市民の暴徒化抑制と安全確保に移っていた。
　その中で、コーネリアが最優先させたのは、ナナリーとルルーシュの保護だった。

　独裁者が失脚した直後、たとえ遺体であろうと、丁重に扱われる事はない。憎悪と解放の証として、むしろ逆に扱われる事は、歴史を省みれば明白だ。
　いくら、悪逆の限りを尽くしたとはいえ、コーネリアの武人としての誇りは、遺体を辱める事には抵抗があった。ましてや、ルルーシュの真意を知った今、そのような事態を見過ごせる筈もなかった。
　ルルーシュにすがって泣いているナナリーも危険だった。
　民衆にとって、ルルーシュは憎悪と恐怖の対象である。その感情は今頂点に達している。彼に縋り、彼の為に涙を流す者もまた憎悪の対象になりかねない。どんな迫害、暴力を受けるとも限らない。あの兄妹をできるだけ速やかに民衆の目から遠ざけなければならない。
　襲撃部隊の中にいた、訓練された元々の部下達は速やかにコーネリアの命令を遂行し、兄妹の保護に成功した。
　その後、悪逆皇帝の遺体の場所は混乱を避けるためという名目で、秘された。安置された場所を知るのは、ルルーシュの真意を知る者達だけだった。





　明日、ルルーシュの遺体は葬られる。日本式に則り火に焼かれ、その後、灰は海に撒かれる事になっていた。
　本来ならば、皇族はブリタニア本国の墓所に葬られる。しかし、世界の為に悪逆皇帝となった彼を丁重に葬る事は、何も知らない人々が許さない。そして、事前にルルーシュ自身が、墓を作る事に対して拒否の意向を明確に示していた。
　だからこそ、せめて、静かに送ってやりたいというのが、真実を知る者達の総意だった。
　ナナリーは、あの日からルルーシュのそばを離れようとしなかった。しかし、疲労はピークに達し、今は強制的に休養を取らされていた。今、この場所にいるのはコーネリアだけである。
　棺に入った遺体は学生服を纏い、綺麗に整えられていた。学生服は皆の一致した意見だった。彼はアッシュフォード学園とそこでの生活をとても愛していた。
　そうして横たわる学生服のルルーシュは、一見すると、ただ眠っているだけのように見える。
　コーネリアは瞳を閉じたルルーシュの顔を眺めた。白皙の顔に苦悶の表情はなく、むしろその口元には薄い笑みすらあった。
「フン、満足そうな顔をしおって」
　ギリッとコーネリアは唇を咬んだ。様々な思いと感情が胸に去来する。コーネリアの声が静謐な部屋に響いた。
「ナナリーが泣いているではないか！　何がナナリーの為だ！　ならば、何故あの子が悲しむ結末を選んだ！」
　分かっていた。
　ルルーシュはシュナイゼルと匹敵する知恵者だ。うまく立ち回り、自分が死ななくてもいい未来を作り出す事は、いくらでもできただろう。けれど、彼はそれを選ばなかった。彼の孤高なまでの高潔な精神は、あえて自らの死を選び、彼が大事とする人々に揺るぎない意志と未来を遺す道を選択した。彼の生命を懸けた反逆は、彼の真意を知る人々が受け継いでいくだろう。
　激情が去り、再び室内に静けさが戻る。どんな言葉をかけても、彼の表情が変わる事は、もうない。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、我が弟よ」
　ユーフェミアの虐殺行為はルルーシュのギアス暴走による不幸な事故だった事は、今はゼロを引き継いだ枢木スザクから伝えられた。それで全てのわだかまりが溶けるわけではないが、せめて故意でなかった事実は、少しだけコーネリアの気持ちを和らげた。
　そっと黒髪を掻き上げ、その冷たい額に静かに口づける。
「よく頑張ったな。お前は、ユフィと共に我が誇りだ」
　決して公に口にする事はできないが、それはコーネリアにとって絶対の真実だった。
「髪を一房もらうぞ。不本意かもしれないが、ナナリーに形見を遺してやれ。何もないのは、つらい」
　ユーフェミアはルルーシュの黒髪をとても綺麗だと、いつも誉めていた。
　そんなたわいもない懐かしい日々を思い出しながら、コーネリアはルルーシュの髪を一房切り取った。



　部屋を出ると、そこにはゼロが立っていた。
　枢木スザクという名を捨て、民衆の英雄ゼロの仮面を継いだ男。ユーフェミアの騎士であり、ルルーシュとナナリーが日本の人質だった時、大切な友人だったという。幼なじみだった二人の間にどんなやり取りがあり、こうなったのかは誰も知らない。きっと、誰も立ち入る事はできないだろう。
　彼も別れを言いに来たのだろうか。扉の外でコーネリアが別れを済ますのを、待っていてくれたのか。
　今自分達がいるのは、彼らが選ばざるをえなかった未来。
　どんな感情も窺い知る事の出来ない、無機質な仮面をコーネリアは見据えた。
「もしも、父上が、いや、世界がもう少しだけ優しく在ったならば、ルルーシュはこんな結末を選ばなかったのだろうか」
「自分は、その答えを持ち合わせてはいません。一つだけ言えるのは、これは結末ではありません。始まりです」
　今はゼロとなった枢木スザクが揺るぎなく答えた。声は凪いだ海のように静かだった。コーネリアの知る枢木スザクは抑制された中に、激しい感情が垣間見えた。その彼が辿り着いた静穏は、修羅と哀しみに裏打ちされている。
「そうか。そうだな」
　ここから始まる。始めなければならない。世界が平和になるためには、まだ時間と努力が必要だろう。ルルーシュが作ってくれたスタートラインから、全ては始まっていくのだ。
　閉ざされた扉を見る。その向こうに、二度と目覚めない眠りについた弟がいる。
「莫迦な子だ。世界の全てから憎まれて、一握りの人間が生きている間しか、その真実は伝わらない」
「それでも世界は残ります。彼が創った世界は、彼の願いと共に明日へと続いていくのです」
　真実を知る者にとって、ルルーシュは死ぬ事によって彼の生命は世界そのものに形を変えたのかもしれない。
　コーネリアは自嘲の笑みを浮かべた。
「本当に、莫迦なのは私だな。笑っていいぞ」
　コーネリアはゼロに背中を向けた。
　おてんばなユーフェミアや小さなナナリーと一緒にいたルルーシュ。彼は幼いながら、いつも二人の為に奮闘していた。
「あの子の本質は何も変わっていなかった。あの子は幼い頃から本当に優しい子だった。そんな事すら、今しがたあの子の顔を見るまで、私は忘れていたよ」
　コーネリアは武人である事に自負がある。だから、涙で死者を送る事などしない。それでも、ただ一度だけこみ上げてくるものをこらえて、コーネリアは天を仰いだ。

（2009/01/13）

すんません、オチはないです。
物凄い間接スザルルなんでどうしようかと思ったけど、やっぱりコーネリア様にどうしても言わせたい科白があって、書いてしまいました。一般的萌え処がこれっぽちもなくて、ごめんなさい。
ただのオールハイルルルーシュ話です。
そして、あんまり公式設定調べてないんで、色々間違っていたら、ごめんなさい。

お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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