※死にネタ注意

贖
〜　スザク　〜

　ゼロレクイエムから十年。
　世界は少しずつではあるけれど、争いのない世界を目指し歩んでいた。

　ナナリーがシュナイゼルと共に病院へ駆けつけた時には、既に見知った顔が何人も揃っていた。
「ゼロの容態はどうなのですか？」
　訊ねると答えたのは、今や日本の精神的支柱となっている皇家の神楽耶だった。
「さっき、手術は終わりましたわ。でも、ラクシャータ先生の話では、即死でないのが不思議なくらいの状態だそうです」
「そんな･･･！」
　先日、大規模な土砂崩れがあって、たまたま来日していたゼロが是非にと申し出て、災害現場を視察中だった。そのゼロが二次災害に巻き込まれたのだ。
「ちょうど、私も同じ場所にいましたの」
　神楽耶が苦しげに顔を歪めて語る。
「被災者の人達の避難先で、ゼロが復興現場を見ている時でした。また、大規模な土砂崩れが起こりました。もう安全だと言われていたのですが。思った以上に地盤が緩んでいたらしくて。本当は逃げられましたのに、ゼロは子供を助けようとして巻き込まれました。勿論、その子供はゼロのおかげで無事ですわ」
「神楽耶殿、報道はどうなっていますか？」
「ゼロ負傷の一報は出ています。が、それだけです。それ以上の情報は抑えてあります、閣下」
　シュナイゼルの問いに答えたのは、扇首相だった。
「そうですか」
「ナナリー様」
　車椅子を押していた咲世子が、青ざめているナナリーの手をそっと握った。
「ありがとう。大丈夫です、咲世子さん」
「ゼロに会う事はできるかな」
　病室の前にいる一同にむけて、シュナイゼルが質問した。答えられる者はいない。
「いいよ。会っておやり」
　その時、病室の扉が開いて出てきたラクシャータが、その問いに答えた。
「ラクシャータ先生、ゼロは？」
　快活な彼女らしくなく、ラクシャータは沈んだ顔で首を振った。
「もう手の施しようがない。本当は生きているのが不思議なくらいだ。流石というべきか。基礎体力の違いというか」
「ゼロの意識は戻ったのですか？」
「混濁している。戻っているとは言い難いね」
　ラクシャータが一歩避けて、ナナリー達に道を空けた。



　病室には様々な機械が並んでいた。それぞれが規則正しく無機質な音を立てて作動している。
　ベッドは天蓋が付いており、頭部分に薄いカーテンが引かれ、顔が分からないようになっていた。ナナリーがラクシャータを振り返る。
「あの、」
「いつもの仮面は治療の邪魔だから、はずさせてもらった。今は簡易の仮面にしてある」
　この場にいるのは、ゼロの正体を知っている者ばかりだが、ゼロはゼロとしてこの十年の間、自ら彼らの前で仮面をはずした事はなかった。
「もう、手の施しようもない。私には何もしてやれる事はない」
　ラクシャータほどの医者がそう言うのなら、多分もう無理なのだろう。部屋は重苦しい空気に包まれた。
　ベッドに置かれた手が僅かに動いた。気づいたナナリーが声をかける。
「ゼロ？」
　部屋にいる全員が息を飲み、ゼロの反応を待った。機械音に紛れて、それは空耳かと思うほどの吐息のような小さな声だった。
「･････････ー･･･シュ･･･」
　間違いなく、それはゼロの声だった。神楽耶が嗚咽を堪えるように口を押さえた。シュナイゼルが扇を振り返った。
「扇首相、こんな時だが、先日上がっていた世界会議の議題について、今少しよろしいかな？」
「え？　あ、ああ。はい、大丈夫です。では、閣下、ここでは何ですので、場所を変えましょう。病院の会議室を借ります」
「そうしてくれますか？　神楽耶殿、貴女にも来ていただきたい」
「あ、は、はい」
　シュナイゼルの意図を察し、その場にいた全員が急な用事を口にして、次々と病室を出て行った。
　ゼロは今まで仮面をはずさなかった。そして、同様に公務以外でただ一度も一人の人間の名前を口にしなかった。それが彼自身が課した戒めだった。
　だから、そこにいる全員が彼がその名を口にする意味を理解した。
「ナナリー様、私は扉の外におりますので、何かありましたらお呼び下さい」
「ええ、分かりました。咲世子さん、部屋を出る前にすみませんが、カーテンを開けてくださいませんか？　この部屋は少し暗いので」
「はい、ナナリー様」
　咲世子が窓辺の厚いカーテンを開けて、レースのカーテンだけにした。部屋の中は柔らかい光に包まれた。
　全員が出て行き、病室にはゼロとナナリーの二人だけになった。
　ナナリーは顔の周りを隠しているカーテンを空けた。口元の開いた簡易の仮面をつけたゼロがそこに横たわっていた。
　ナナリーは静かに、その仮面をはずした。仮面の下からは、頭部から顔半分にかけて包帯が巻かれた青年の顔が現れた。
　柔らかい栗色の癖っ毛、今は、閉ざされているけれど、瞳は草原のような緑色をしている事をナナリーは知っている。
　ナナリーは涙を堪えて、そっと囁いた。

「スザクさん？」

　ナナリーの呼びかけが届いたのか、包帯に隠れていない右の目蓋がゆっくりと開いた。しかし、呼びかけで眼を開いたものの、意識ははっきりとしていないようだった。ナナリーを見ようともせず、スザクは虚空を見つめていた。
「スザクさん」
　焦点の定まらないスザクの瞳は、今ではない何処かを見ていた。ゆっくりと唇が動いた。

「大丈夫だよ」

　ナナリーは溢れそうな涙を必死に堪えて、笑顔を作った。

「スザクさん、私、眼が見えるようになって、たくさんのものを見ました」

「オレ達には成さなければならない事がある」

「ラクシャータ先生の手術で、足もだいぶ動くようになりました」

「オレ達が力を合わせれば、出来ない事なんて何もない」

「まだ一人で歩く事はできませんけれど、杖を使えば自分の足で立つ事もできます」

「皆が他人に優しくできる世界を」

「皆さんの力を借りれば、自分の足で歩く事だってできます」

「つまらない争いのない世界を」

「世界は、今優しく在ろうとしています」

「誰もが自分らしく生きていける場所を」

「もう、ゼロがいなくても、大丈夫です」

「世界に明日を」

　ゆっくりと何かを掴もうとするかのように、スザクの手が虚空に伸ばされる。

「だから」

　ナナリーは彷徨うスザクの手を握りしめた。

「もう、十分です。もう、ご自分を赦してあげて下さい、スザクさん」

　風が吹いて、レースのカーテンが揺れた。驚いて、ナナリーが窓を見る。確か、咲世子はカーテンだけを開けていった筈だ。しかし、よく見ると、窓は少しだけ開いて、そこから直接明るい光が差し込んでいた。そよぐ風が、スザクの髪を優しく撫でた。
「スザクさん？」
　風に呼ばれたように、差し込む日差しに誘われるように、今まで虚空を見ていたスザクが、ゆっくりと窓へと顔を向けた。


「ルルーシュ」


　表情のなかった顔に、まるで光が溢れるように笑みが零れた。
　窓辺にはただレースのカーテンが揺れている。けれど、ナナリーには懐かしい子供の声が聞こえた気がした。

『スザク』

　小さな黒髪の子供が走りより、スザクの手を掴んだ。

『遊びに行こう』
『おう。待てよ』

　子供のスザクが起き上がり、するりとベッドから飛び降りる。二人の子供が明るい日差しの中を、手を繋いで駆けていく。

　そんな気がした。

　部屋の中には、スザクとナナリーの二人しかいない。他の誰がいる筈もない。

「スザクさん？」

　スザクは穏やかな表情で眼を閉じている。その口元にはきっと、子供の頃のスザクが浮かべていただろう嬉しそうな幸せそうな笑みがあった。ナナリーも一緒に微笑んだ。

「良かった。お兄様、迎えに来てくれたのですね」

　ナナリーの涙が溢れて、冷たくなっていくスザクの手に零れて落ちた。


　きっと、彼らはあの懐かしい場所へ還っていくのだ。

（2009/08/20）

死にネタごめんなさい。
このスザクは、ゼロレクで彼岸に行っているので、ルルーシュの願いと共に生きる事はきっと幸せだったと思う。
それでも、頑張ったスザクをちゃんと迎えに来てくれるといいなぁと、願望と妄想の複合話。
公式ゼロレクを書き倒せて、こんな話でも自分は満足です。ふー、ほぼオチなしで書き逃げだけど、何とか最後まできましたぜ。

お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

▲