コナン「約束おまけ」

約束　おまけ

　街角でのキスに膝が抜けそうになり、新一は慌てて快斗の服を掴み直した。
　顔を離して、快斗の肩口に顔を埋める。
「快斗」
「何？」
「その、何だ、約束を破った詫びにコーヒー、淹れてやるよ。オレの家に来ないか？」
　顔が火照る。我ながら、下手な誘い文句だ。それ以前に、誘うという行為自体が工藤新一のキャラクターじゃない。自分が耳まで真っ赤になっているのが分かる。だから、余計に顔が上げられない。
「喜んで」
　クスクス笑う声が聞えて、軽く頬に口づけられた。

　終電も過ぎていたので、タクシーを拾って米花町の工藤邸に帰ってきた。家に入ると、快斗はビルの屋上でずっと待っていて冷えたのか、すぐにトイレに入ってしまった。
　新一は口実ではあったけれど、自分も飲みたかったコーヒーを淹れようと、キッチンに向かった。
　お湯を沸かそうとヤカンを探していたら、パチリとスイッチを押す音が聞えて、照明が消えた。
「快斗？」
　ドアが開く気配はしなかった。しかし、そんなのは人に言えない裏稼業を持つ彼にとって造作ない筈だ。
　暗くなった部屋に灯りといえば、窓から入る月の光だけだった。
　月光を呼ぶ窓の前に、人影があった。
　思わず新一は息を飲む。
「…怪盗…キッド…」
　シルエットが、彼の特徴的な衣装の形を浮かび上がらせている。
　月光を浴びたシルエットは優雅にマントを捌いて、シルクハットを脱いで一礼した。
「まだ約束の夜は明けていないぜ、名探偵」
　新一は吹き出した。黒羽快斗の時は陽気でやんちゃなイメージだが、怪盗キッドになるといつでもどこでも気障になる。
「初めて会った時からオメーは変わらないな、怪盗キッド」
「名探偵は変わったよな。主に外見が」
　月光に誘われるように新一がキッドに近づくと、闇に羽ばたく白い鳥の翼が広がった。思わず閉じた瞳を開くと、新一の身体は既にキッドのマントに包まれるように抱き竦められていた。
「キッド…」
「名探偵の淹れてくれるコーヒーも魅力的だけど、オレとしてはもっと甘いものが欲しいんだ」
「…例えば？」
「名探偵の唇」
　柔らかく、それでいて強引に重ねられた口づけに抗えない。キッドの腕の中で口づけに蕩かされる。
「･･････唇･･･だけでいいのか･･･？･･･」
「勿論、名探偵の全てを美味しくいただきます」
「あ･･･」
　腰を強く引かれて、下腹部が密着する。キッドの熱に自分の熱も感じて、新一は思わず仰のく。
「ん･･･」
　狙い澄ましたように露わになった喉元に咬みつかれ、小さく喘いだ。反射で身体が逃げようとするが許されない。せいぜいキッドの腕の中で、新一は背中を逸らすだけだ。
「名探偵･･･」
　キッドの手の動きに明確な意志を感じる。シャツの上から胸の敏感な箇所を辿られ、身体が跳ねる。
「･･････ここ、で･･･？」
「悪い。もう我慢できない。ずっと待っていたから、これ以上焦らされたら、オレ死んじゃう」
「待てよ、シャワーぐらい。オレ、汗かいて･･････」
「大丈夫。これから、もっと汗かくから」
　それはちっとも大丈夫じゃないと思ったが、囁くように甘く耳朶を咬まれて、新一は抗う全ての気力と腕の力を失った。

　月の光に、白い裸身が浮かび上がる。
「あ、あっ」
　カーテンの開かれた窓の前、その夜、月の光に浮かび上がる二つの影は一つに重なったまま、離れる事はなかった。

　翌朝、正確には昼過ぎまで、新一と快斗はベッドの中にいた。
　元気いっぱい色艶もいい快斗とは対照的に、新一は精も根も尽き果てていた。いつ身体を綺麗にされたのかも、ベッドに連れてこられたのかも、覚えていない。約束を破った負い目がある新一は、快斗の気が済むまで、ほとんど体力の限界まで求められるまま、一晩中応えてやったのだ。
　強制的にあてがわれた腕枕から逃れる気力もなくて、新一は寄り添うように快斗の腕に身体を預けていた。
　快斗が新一の髪に指を絡めながら、上機嫌で口を開いた。
「なあ、来年の今日もまた一緒にいような。それで、今度こそ杯戸シティホテルの屋上で会おうぜ」
「ああ、そうだな」
　来年の約束を当たり前のように交わす幸せに、胸の奥が暖かくなる。しかし、新一は甘く疲れ果てた身体に、密かに誓った。来年は、待ち合わせの約束を破らないようにしよう、と。

（2007.04.01初出/邂逅記念SS配布ﾍﾟｰﾊﾟｰ/微エロ部分削除済/笑）
（2007.08.09）

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