Ｃａｎｄｙ　Ｃａｎｄｙ

「お誕生日おめでとう、黒羽君。一日早いけど、プレゼントをあげるわ」
　呼び出されてやってきた阿笠邸のリビングで、ソファに緊張して座っていた黒羽快斗は、見た目は少女の冷静な科学者灰原哀にそう言われた。確かに、自分の誕生日は明日だ。だが、快斗にとってあまりに想定外の哀からの言葉だった為に、咄嗟に反応できなかった。
　快斗がどう答えるべきか迷っている間に、哀はキャンディの包みを一つを取り出して、哀と快斗の間にあるテーブルに置いた。見た目はただのカラフルなキャンディの包み紙だ。だがしかし、魂のマッドサイエンティスト（快斗評）の彼女がわざわざ快斗にくれるものだから、ただのキャンディではないのは明らかだった。それでも、一応体裁は『快斗の誕生日プレゼント』になっている。なので、謝意を表さなければいけない。
　快斗は意を決した。
「えーと、ありがとう？」
「何で疑問形なのかしら」
「いや、だって哀ちゃん、いつもオレのこと、実験台にしてんじゃん」
　数々の身の毛もよだつ思い出に、快斗は涙目になりながら訴える。哀は何を今更と言わんばかりに鼻で笑った。
「そうよ。そのおかげで出来たのがコレ」
　哀は小さな指でキャンディを摘んだ。キャンディの包み紙はカラフルである分、快斗の目には毒々しく映った。
　哀の言葉に、やっぱり実験台かぁと快斗は遠くを見つめる。哀は見透かすように、口の端に笑みを刻んだ。
「失礼ね。コレは完成品よ。だから、実験の必要はないの」
「へ？」
「正確には、完成品の失敗から出来たものだけど、完璧な失敗作だったから、あなたなら喜ぶと思って」
「え？　完璧な失敗作だから、オレが喜ぶって、どういうこと？」
「赤いキャンディと青いキャンディって知ってるかしら？」
　唐突な話題変換に、快斗は目を白黒させる。
　赤いキャンディと青いキャンディ。
　確かそれは昭和を代表するマンガ家が原作者の、アニメにもなったマンガに出てくる、舐めると大人になったり、子供になったりする素敵アイテム。
　そう言うと、哀は頷いた。
「そう、とてもユニークな発想じゃない？　面白そうだし、私の研究の何かヒントになるかと思って、試しに作ってみたの」
　マンガのアイテムを実際に作ろうとするとは！
　いや、しかし、マンガのロボットの子供やアニメの巨大人型ロボットを作ろうと考える人々が現在のロボット工学の最先端にいる事実を考えれば、哀の発想も突拍子もないとも言い切れない。世界を席巻する日本のオタク文化の発想力は伊達ではないのだ。
　哀は包みを開いて見せた。中にあったのは、赤と青のマーブル模様のキャンディだった。
「あのキャンディは若返ったり、年取ったりするだけでなく、舐める配分によって犬や猫にもなれたのよ」
「へ、へえ？」
　そういえば、以前にテレビでやっていた「懐かしアニメ特集」を日本の文化を知るいい機会だと、阿笠博士と一緒になって哀が見ていたと新一が言っていた気がする。そこで、見た物を実際に作るとは恐るべし科学者魂。
「人間が思いつく事なんて、その時は時間や技術が足りなくても、大抵はいずれ実現可能な事ばかりなのよ。所詮、人は人の枠を越えられないのだから」
　いや、十分貴女はその枠を超えています。と咽喉元まで出かかった言葉を快斗は保身の為に飲み込んだ。
「話が逸れたわね。それで、犬や猫になる配分を調べていくうちに、見つけた面白い配分がこのキャンディ。私には意味のないものだけど、貴方なら楽しめそうだから、あげるわ。誕生日だし、いつも実験を手伝ってもらっているから、お礼も兼ねて」
「え、オレが楽しめるってのは、自分で使ってって事？」
「楽しめるのなら、自分で使っても全然構わなくてよ」
「はあ」
　得心いかない快斗の様子に、哀は含みを込めて笑みを刻んだ。
「このキャンディはね･･･」

　一通りの説明を聞いた後、快斗は哀の手を握り締めて叫んでいた。
「グッジョブ、哀ちゃん！　ありがとう、大事に使わせてもらうよ！」
「言っておくけど、身体に害がないのは、貴方の実験データで確認済よ。でも、それを使って起きた事に関して、私は一切責任を取らないから、そのつもりでいてね。貴方がそれをどう使おうが、あなたの自由だから、私は責任はもたなくてよ」
「勿論だよ！　オレが自分の責任で使うよ！」
　恐らくこれから隣家に向かうのだろう、満面の笑顔で走り去っていく快斗を見送りながら、哀の口元に笑みが浮かぶ。
「これで、またしばらくは実験体をしてもらえそうね」
　アメとムチを使い分ける冷酷な科学者の呟きは、勿論快斗の耳には届かなかった。





　勝手知ったる他人の家。合鍵ももらっているので、入りたい放題の工藤邸のリビングで、快斗は悩んでいた。
　目の前には、今しがた哀からもらってきたばかりのキャンディがテーブルに置いてある。
　今の快斗の目的はただ一つ。このキャンディを、この家の主である工藤新一に食べてもらいたいのだ。しかし、快斗と違って、新一は甘党ではない。キャンディをさり気なく食べさせる方法が思いつかない。
「うーん」
　これはもう実力行使しかないかも。と腹を括った時、新一が外から帰ってきた。
「お、来てたんだ」
「お邪魔してまーす」
　チャンス到来とばかりに、快斗は立ち上がった。
「なあ、新一」
「何だ？」
「口開けて？」
「は？　こうか？」
　快斗が立っているリビング中央から、新一のいるドアまで約五メートル。快斗は素早く包みを開けたキャンディを指弾の要領で、新一の口の中に正確に弾き飛ばした。
「んぐ。な、何だ？」
　いきなり放り込まれたキャンディに新一が驚いている。当然だ。快斗はしれっと答える。
「さっき、もらったキャンディ。お試し用だから、味見してみて」
「普通に渡せ。ったく」
　新一が不機嫌そうに口をもぐもぐさせる。
　多分、普通に渡したら舐めてくれそうもないから、実力行使と快斗は胸の中で呟いた。
「オレ、ちょっと汗かいたからシャワー浴びてくる」
「分かった。オレは適当に寛がせてもらってるから」
　キャンディは舐めたが、特に変化も見られず新一は何事もないように扉を閉めて去っていった。
　そう言えば、キャンディの効果の持続時間は聞いたが、効力が発揮されるまでの時間は聞いてなかった。よもや、騙されたわけじゃないよなーと思いながら、置いてあったスポーツ雑誌を手に取った。
　ページを繰りながら、しかし、眼は記事を追っていない。キャンディが口の中で溶けて、溶けた成分が体内に浸透して、それから、変化を起こすのにどれだけの時間がかかるのか、そればかりが気になった。誕生日プレゼントって言うぐらいだから、変化が起きるまでに半日以上かかる事はないだろうが。
「うあああああああ！」
　突然、バスルーム方面から新一の叫びの声が聞えた。

キタ━━━━━━(ﾟ∀ﾟ)━━━━━━ !! ←快斗の心情

「新一、どうしたっ！」
　期待ににやけそうになる顔を何とか取り繕いながら、快斗はバスルームに駆けつけた。
「か、快斗･･･」
　ちょうど新一が脱衣所に飛び出してきたところだった。
　何とも言えない表情で快斗を見て、新一はそれから洗面台の鏡に映った自分を見た。
「にゃんだ、これ!?　うわ、わあ、見るにゃー！」
　叫んでバスタオルを引っ掴むと、新一は頭からバスタオルを被ってその場に蹲ってしまった。
　快斗はと言うと、あまりの完璧なキャンディの効力に呆然としてしまった。
　灰原哀が配分に失敗した結果できたというキャンディは、見事な変化を新一にもたらしていた。
　赤と青のマーブルキャンディは、新一の身体をまず一回り小さくしていた。多分、あれは中学生ぐらいのサイズだろう。確かに、高校生サイズのままでもいいが、抵抗されるとかなり骨だし、かといって小学生サイズだと無体な事も出来ない。中学生サイズが抱えるにも可愛がるにも丁度いい。そして、何より、快斗は見た。バスルームから飛び出してきた中学生サイズ新一の頭と耳に、黒い毛並みの猫耳としっぽが生えていた事に！

『哀ちゃん、グッジョブ。てか、神！』

　犬か猫に変身する、赤いキャンディと青いキャンディの配分を探している内に偶然見つけたという、神配分。それは、新一の身体を中学生サイズに縮めて、猫耳としっぽを付けてくれた。しかも、ちょっとさっきはスルーしてしまったが、新一の口調もおかしくなかったか？　「にゃ」とか何とか。猫言葉のオプション付き!?
　快斗の感激とは裏腹に、勿論、状況が分かっていない新一は混乱の極みだ。しかも、かなりの動揺ぶりだ。頭を隠そうとバスタオルを被っているが、おかげで下は丸見えである。
　頭隠して、尻隠さず。
　あの工藤新一がそんな事にも頭がいってないのである。頭を重点的に隠してあるバスタオルは小さな尻を隠していない。そこに付いているしっぽが動揺を示すように、ぱたぱたと動いている。
　快斗は思わず生唾を飲み込んだ。
「新一」
　声をかけるとびくりと身体が震えた。しっぽも正確に反応する。
　可愛い。
「大丈夫だよ、新一。それは、さっきのキャンディの所為だから。哀ちゃんの発明品なんだ」
「灰原にょ発明品て、お前、オレにそんにゃもにょを食わせたにょか！」
「そんな事より、痛いとこないか？　気持ち悪いとか？」
「い、いや、それはにゃい。特ににゃんともにゃい。こにょにゃんか余計にゃもにょが付いてる以外は。つか、にゃんだよ、こにょ喋りは」
「そっか、何ともないか。よかった」
「よくにゃい！　にゃ!?」
　快斗は膝を付いて、新一のしっぽを緩く握った。
「痛い？」
「にゃ、快、斗･･･は･･･はにゃせ･･･」
「ふうん、やっぱ、ちゃんと感覚あるんだ」
「に゛ゃ！」
　握ったしっぽに口づける。しっぽの先が困ったようにぴこぴこ動いている。バスタオルに隠れて、新一の顔も、きっと震えているだろう猫耳も見えない。意地悪く、軽くしっぽに歯を立てた。
「あ、や･･･にゃ･･････」
　びくびくと震えている。唇でなぞってしっぽの付け根に到達する。ひょいとしっぽを持ち上げ、しっぽと尻のぎりぎりの場所に口づける。
「んにゃあぁ･･･」
　身体がびくりと跳ねて、背中が仰け反った。被っていたバスタオルが落ちて、垂れて震えている猫耳が露になる。
　快斗の唇の動きに合わせて、垂れた耳がびくびくと反応する。
　しっぽを撫でながら、目の前でピコピコ動いている猫耳を唇で軽く食んだ。
「にゃあぁぁ」
　文字通り、新一は小さく鳴いて、頭を振った。
　新一の反応に満足した快斗は唇を離した。
「じゃ、そういう事で」
　風邪をひかさないように、改めて新一をバスタオルで包むと、快斗はひょいと抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこに、新一が快斗の腕の中で暴れる。
「こら、快斗、にゃにするにゃ」
「ナニ」
「にゃーっ!?」
　中学生サイズの新一の抵抗など、快斗には通じなかった。
「そ、それよりも、お前はオレに言う事があるだろうにゃ！」
　怒りに燃えた瞳で、新一が睨んでくる。当然だ。いきなり有無を言わさず口に放り込まれたキャンディで、身体を変化させられたのだ。しかも、猫耳、しっぽが付いた上、猫言葉のオプション付きなんて、痛すぎる。ここは心にもなくても、謝罪の言葉を口にすべきだろう。
　新一が真っ直ぐに快斗を睨み、その心情を表すように猫耳がぴんと立っている。そして、さっきからバスタオルから覗いているしっぽが動いている。この状況で、快斗の脳裏に浮かぶ言葉は一つだった。

「いただきます」
「違うにゃーっ！」

　言い合いながらも、快斗は新一を抱いたまま、彼の部屋を目指して歩き出す。
「とにかく、苦情は後で聞くよ。今は哀ちゃんからの誕生日プレゼントのキャンディ（の効果）をじっくり味見させて？　いいだろう、新一？」
「に、にゃあ･･･」
　敏感な猫耳に唇を寄せながら、包んでいるバスタオルに潜り込ませた手で、その水蜜桃のような尻の感触を楽しみ、しっぽを触る。くるりんと快斗の腕に巻きついてくるしっぽは、嫌がっているようには思えない。
　口を引き結んで、新一は快斗のお触りに耐えている。小刻みに震える垂れた耳が快斗を誘う。
　まずは、新一の身体がどう変化して、どう反応するのか彼のベッドでゆっくりじっくりとっくり確認すべく、素敵な誕生日プレゼントである可愛い子猫を抱いて、快斗は階段を上っていった。



　その頃の阿笠邸。
　ソファで雑誌を読んでいた哀はふと顔を上げた。
「そうだ、折角だから、犬や猫ばかりじゃつまらないわね。今度は変わったもの、そうね、アライグマの配分でも探してみようかしら」
　他の追随を許さない孤高の科学者は自分の発想に満足して、天使の如く微笑んだ。

（2007.06.15）

工藤さんの人権は？
別方向に痛いあほ話で、すみません。何かもう、久々にしっぽが書きたくなりましてね。折角なので、快斗ハピバ話にしてみました。だから、珍しく快斗が不憫じゃないよ！
この話の続きは皆様の乙女回路で補完をお願いします（苦笑）。いや、裏とか作るのよく分からないし、大体そんな裏物なんて書けないしね！（にっこり）
本当に痛いあほ話であれですが、自分のしっぽブームのきっかけになった、Ｋよりさまと決定打をくれたＫなたさまに、このしっぽと猫耳と尻は捧げます（いらねって）。つか、ここを読むかは甚だ謎だ（笑）。

お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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