甘い話

　新一が快斗と二人並んで、冬の街を歩いている時だった。
「おお、コレは!?」
　突然、叫び声をあげ、横にいた筈の快斗の姿が消えた。先に行きかけていた新一が振り返ると、快斗は道端の自動販売機に飛びついていた。
　瞳を輝かせて、自販機の商品を食い入るように見つめている。
　常々、行動が突飛だと思っていたが、瞬間的な彼の動きは脊髄反射のみとしか思えなかった。そして、人に言えない裏稼業のために鍛え抜かれた筋肉が彼の反射的な思いつきに基づいた行動を可能にしている。
　その場で立ち止まり、新一は声をかけた。
「どうしたんだ、快斗？」
「どうして、ここにコレが？　まさか、こんな所でお目にかかるとは！　これは一体何のサプライズだ！　神さまプレゼンツ？」
　何やら興奮して、叫んでいる。新一の声は聞えていないようだった。
「･･･しょうがねえなぁ」
　新一は一つ大きく息を吐いた。
「おーい、快斗ー」
　呼びかけながら新一は目で距離を測ると、軽やかに一歩踏み出した。しなやかな長い脚が軸足を中心に華麗に回る。

　ドゴッ

　新一の殺人シュートを繰り出す黄金の右脚はサッカーボールではなく、快斗の尻をクリーンヒットした。
「ふぎゃ！」
　思いもよらない攻撃に、商品を見ていた快斗の身体が勢いよく自販機に叩きつけられる。新一の脚と自販機に挟まれ、快斗が悲鳴を上げた。
　長い脚が離れると、快斗はそのままずるずると地面に座り込んで、攻撃を仕掛けてきた探偵を見上げた。
「く、工藤さん？」
「で、何がどうしたんだ、快斗？」
　下腹部を強打し、苦悶の表情を浮かべている快斗の前にしゃがんで、新一はにこやかな笑みを浮かべている。
「返事をしなかったのは、オレが悪かった。でも、いきなり蹴る事はないだろ！　潰れて使い物にならなくなったらどうすんだよ、新一！」
　涙目で訴える快斗の前で、新一はますますにこやかな笑みを深くした。
「平和になるな。主に、オレの安眠が確保される」
「･･････無視してスミマセンでした」
「で、どうしたんだ、快斗？」
　自分の膝に肘を付き、手に顎を乗せて新一は口元に笑みを湛えている。質問の答えを待っているのだ。自分の質問にさっさと答えなければ、今度は快斗のドコに殺人シュートを繰り出してやろうかと、口元の笑みとは裏腹に笑っていない涼やかな双眸の奥で考える。
　聡い快斗は正確に新一の無言の威圧を理解して、引きつった笑みで唾と恐怖と痛みを飲み下して、立ち上がった。自販機に並んでいる缶コーヒーの一つを指し示す。
「いや、この缶コーヒーって某地域限定だった筈なんだ。まさか、都内の自販機で売ってると思わなくてさ、つい嬉しくて」
　ポケットから小銭を取り出して、快斗は自販機に投入した。取り出し口から快斗が取り上げたのは、見た事のないデザインの缶コーヒーだった。
　黄色地に茶色の模様が入っている。新一はその缶コーヒーを見た事も飲んだ事もなかった。
　冷ますようにホット缶を交互の手に持ち替えながら、快斗は新一に手渡した。
「飲んでみなよ」
　快斗の顔を窺いながら、缶をチェックする。書かれているロゴから、出しているのは大手の飲料メーカーのようなので、怪しいものではないようだ。
　快斗はにこにこ笑っている。
「それ、美味いんだぜ」
　美味いとくれば、コーヒーにこだわりのある新一としては味が気になる。敢えて引っかかるとすれば、缶にミルク入りと書いてある事だろう。新一はコーヒーはブラック派である。対して、甘党の快斗は大抵砂糖とミルクをたっぷり入れる。彼が飲めるコーヒーなのだから、ミルク入りなのは仕方ないのかもしれない。
　ブラック派ではあるが、ミルク入りが飲めないわけではない。多少の甘さも我慢できる。
　新一のいつでも探究心とどこでも好奇心は未知のコーヒー缶にも発揮される。そして、彼は知る事になる。快斗の「美味い」コーヒーの基準が奈辺にあるかを。
　プルトップを開け、新一は缶コーヒーに口をつけた。
「な、美味いだろ？」
　満面の笑みを浮かべている快斗の顔面に、新一は思い切り含んだコーヒーを噴き出した。
「うわっ!?　新一、何すんだよ!!」
　飛びのいた快斗の抗議は耳に入らなかった。それよりも、舌と脳天を直撃したコーヒーの味に、新一は気が遠くなりそうだった。中身の入っている缶を快斗に投げつけなかっただけ、自分は優しいところがあると新一は繋ぎとめた意識の中で自画自賛した。
「おま、これ･･･」
　新一は手の甲で口元を拭って、同じくハンカチで顔を拭いている快斗を睨みつけた。
「砂糖水じゃねえか!!」
「コーヒーだよ!!」
「こんなクソ甘い飲み物はコーヒーとは言わねえ!!!」
　握り締めた缶に輝いている『コーヒー飲料』の文字を新一は睨みつけた。よく見ると、缶の隅に小さな文字で

『ほっとする甘みがお楽しみいただける、練乳で仕上げたコーヒーです』　

　原材料名に『加糖練乳』、更に『砂糖』とある。ほっとするどころか、ブラック派の新一からすれば、既に凶器の域に達している甘さである。
「･･･快斗、お前、オレを殺す気か!?」
「何で!?　美味いじゃん！」
　新一が突き出した缶を快斗がひったくるように奪って、一口飲む。新一はその甘さを思い出し口元を押さえたが、快斗の顔は飲み込んだ甘さが広がるように表情筋が緩んでいく。
「ああ、やっぱ、うめーなぁ、このコーヒー」
「快斗、オレ達、別れよう」
「ええ！　何でいきなり!?」
「お前とは、食生活が合わねえ！」
「そんな今更！　大丈夫、愛で乗り越えられるって！」
「無理」
　新一は即答すると、その缶コーヒーの甘さから逃げるように身を翻して走り去った。快斗は慌ててコーヒーを飲み干して、ゴミ箱に缶を投げ入れる。
　まだ熱いコーヒーを無理に飲んだため火傷した舌でひいひい言いながら、快斗も走り出す。

「おーい、新一、待ってよー。愛してるよー」
「寄るな！　触るな！　甘さが伝染る！」

　その日東都では、普段とは逆に、怪盗が探偵を追い掛け回す姿が見られた。

（2007.01.01）

関東近県の超ローカルネタ。どこまでの知名度があるんだろう、マッ○スコーヒー（苦笑）。
たまにはラブラブ物をと思ったら、『ラブラブ＝甘い＝砂糖＝マック○コーヒー』の落語のような図式が頭に出来上がってしまいました。
子会社から親会社に吸収されて、どうやら地域限定ではなくなったようです。某地域とは逆の西のはずれのなんちゃって東京都の地元で、この缶コーヒーを見た時は驚きました。噂でしか知らなかったので、早速購入→飲んでみました。甘かったです(￣¬￣；)　そして、いつか快新でネタとして使おうと思いました（笑）。
て、これ別れ話のようですが、勿論その後、上の口と下の口を使って、快斗が説得しましたので大丈夫です。よし、正月らしいオチになったぞ。←下品
お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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