Trick or treat

「Trick or treat！」
　楽しそうな声と共に、鍵をしっかりとかけた筈の窓が勢いよく開いた。
　風呂から出て、自室のドアを開いた瞬間の出来事に、工藤新一は脱力した。
　タイミングからして、新一が部屋に戻ってくるのを窓の外で待っていたのだろう。
　新一は深い溜息をついて、窓枠に腰掛けた人物を睨みつけた。
　白いスーツにシルクハット、気障な片眼鏡が部屋の照明を反射している。
　予想はついているが、一応訊いてみる。
「何の用だ？」
「折角のハロウィンに野暮な事訊くなよ。それに言っただろ。“Trick or treat！”ってね」
「日本じゃ31日に家に来る化け物の科白は、“悪い子はいねえか”と相場が決まっているが」
「それはなまはげ。31日っても、12月31日じゃねえか。２ヶ月早いって」
　分かりにくいボケに対して、的確なツッコミを入れながら、許可もしないのに怪盗は靴を脱いで新一の部屋に入り込む。
「で、どっちにする、名探偵？　①お菓子をくれる　②悪戯をされる」
「③どっちも嫌だ」
　新一の即答などキッドはこれっぽっちも気にしない。
「じゃあ、④どっちもOKってのはどうだ？」
　ニシシと笑っているが、新一を見る瞳は笑っていない。この愉快犯のヤバイ気配に、少しは彼の遊びに付き合ってやらないと、その欲求不満は間違いなく自分に向かってくる事を新一は理解していた。
　新一は溜息をついて、妥協を示した。
「分かった。お菓子をやるから大人しくしてろよ」
　新一が机の引き出しを漁る。その間、何が嬉しいのか、怪盗はニコニコ笑って犬のように大人しく待っている。
「えっと、確かここに…、あ、あったあった。ほらよ」
　くるりとキッドを振り向いて、新一は見つけ出した物を放り投げた。



　快斗にとってみれば、新一からもらえる物は実は何でも嬉しい。
　推理オタクの新一がどんなお菓子をくれるのかも楽しみだった。
　それに、部屋に入ってから、快斗の敏感な嗅覚は仄かに香る甘い匂いに気づいていた。口ではつれない事ばかり言っているが、もしかしたら、快斗が来る事を見越して、新一は何か甘い物を用意してくれていたのかもしれない。淡い期待に胸踊らせながら、快斗は新一からのお菓子を待った。
「ほらよ」
　ぞんざいな言葉と共に、振り向いた新一が何かを投げて寄越した。新一の手から離れたそれは綺麗な弧を描いて快斗の手の中に収まった。
　見事にキャッチをして、意外に小さいなと少しの失望と多大な期待にワクワクしながら快斗は手を開いた。
　キッドの白い手袋に乗っていたのは、どこかで見た事のある赤いパッケージの物体だった。
　一瞬にして快斗の顔から一切の表情が消える。新一はそんな事にはこれっぽっちも気づかない。
「･････････」
「それやるから、さっさと帰れ」
「･･････名探偵、流石にハロウィンのお菓子に、“酢コンブ”はないんじゃないか？」
　快斗の手の中で、頭でっかちで福耳の羽織袴のキャラクターが描かれたお馴染みのパッケージが燦然と輝いていた。
　ていうか、何ゆえに工藤新一が酢コンブ？
　固まっている快斗の疑問を察知したのか、慧眼の探偵は面白くもなさそうに欠伸をした。
「何言ってんだ。駄菓子だって、菓子だろうが。前に、コナンの時に少年探偵団の奴らからもらったんだよ。その時たまたまコッチの家に用があって、置き忘れちまってそれっきりだったんだ」
　これは一体、どれくらい前から机の引き出しに眠っていた酢コンブですか？との質問を、快斗はかろうじて飲み込んだ。
　不服そうな快斗の様子に、新一が口を尖らす。
「他にないんだからしょうがないだろ。大体オレの所に甘い物なんてあるわけないだろ」
「え、じゃあ、この甘い匂いは何なんだよ？」
「甘い匂い～？」
　怪訝そうな顔で、新一が鼻を鳴らして部屋の匂いを確認する。本気で心当たりがないらしい。
　しばらくして、自分の腕や肩に鼻を当てて、ぽんと手を叩いた。
「ああ、コレ石鹸の匂いだぜ、キッド」
「石鹸!?」
「そう。何か知らねえけど、蘭が園子の奴と買物に行って買ってきたんだよ。いっぱい買ったからって、一つくれたんだ。よく分からねえけど、石鹸の専門店でいろんな種類が売ってたんだってよ。で、オレにくれたのが、何だったかな」
　新一が顎に手を当てて考え込む。確かに、そう言われてみれば、甘い匂いは新一から発せられている。風呂上りの上気した肌を包む甘い匂い。
「確か、ハチミツとかミツロウの入った石鹸だったな。だから、甘い匂いがするんだな。これが結構いい泡立ちでさ、って、キッド!?」
　狼狽する声に、快斗はいつの間にか自分が新一を後ろから抱き締めていた事に気がついた。まだ湿ってる髪を避けて、その首筋に顔を埋める。もがく新一の動きに、シルクハットが床に落ちて転がった。

「ホントだ、すっげー甘い匂いがする」
「こら、オメー何してんだよ、放せ」
「Trick or treat」
「だーかーらー、酢コンブやっただろうが」
「オレ酸っぱいの嫌い。甘いのがいい」
「我がまま言うな！　･･･あっ･･･」
「お菓子をくれるって言ったよな、新一」
「こ･･･ら･･････どこ･･･触っ･･････ん･･･」
「甘い甘いお菓子をちょうだい」
「んんっ･･･やめ･･･キッ･･････あ･･･」
「いっただきまーす」
「･･････っ･･･は･･････」

　甘いお菓子を舐めて、かじって、味わって。
　ハロウィンの夜は更けていく。

（2006.10.31）

ありがちハロウィンネタ。や、酢コンブがありがちとは思いませんが（苦笑）。
石鹸は別の話用のネタでしたが、まとまらなかったので、こちらで流用～。
何とかギリギリ間に合いました。やれやれ。
お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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