願い事一つ

「欲しい物は何ですか？」
　不意に、聞こえてきた声に、自室の机で本を読んでいた新一は顔を上げた。確か、閉めておいた筈の窓が開け放たれ、そこに白い怪盗が立っていた。
「読書時間」
　夜の訪問者の問いに一言答えると、新一は再び視線を本に戻した。
「おやおや、そんなものでいいのかよ？　名探偵は欲がないなぁ」
　揶揄するような言葉が癇に障り、新一は読書を諦めて本を閉じ、白い怪盗を睨みつけた。
「言いたい事があるなら、はっきり言えよ、快斗」
　怪盗姿の快斗は舌を鳴らし人差し指を振って、新一の言葉を否定した。
「残念、今のオレは黒羽快斗じゃないんだな」
「じゃあ、怪盗キッドと呼べばいいのかよ」
「それも違う」
「なら、何なんだよ」
「今日のオレは、新一の願いを何でも叶える魔法使いなんだ」
　新一は無言で快斗に近づき、その額に手のひらを当てた。
「熱はないから」
「や、あんまりアレな事を言うから、どっか具合でも悪いのかと」
「新一、あのさ、明日が自分の誕生日だって覚えてる？」
　快斗の言葉に、新一はカレンダーで日付を確認して手をポンと叩いた。
　今日は５月３日。あと少しで日付が変われば、新一の誕生日だ。
「へえ、よく覚えていたなぁ。本人でさえ忘れていたのに」
「まあ、新一が自分の誕生日を覚えていたら、それはそれでオドロキだけど？　新一は推理以外の事は忘れがちだからな」
「悪かったな、大バカ推理之介で」
「いひゃいいひゃい」
　新一が容赦なく両手で引っ張ると、快斗の頬はよく伸びた。快斗が涙目で新一の手を振り切る。
「とにかく、だから、新一は何が欲しい？　この魔法使いが新一の願いを何でも叶えてやるぜ」
「随分と大きく出たな」
「何たって新一の誕生日だからな」
　快斗は胸を張った。それから猫撫で声を出す。
「ねえ、新一、言ってくれよ。何が欲しい？」
「そんな事も分からねえのかよ」
　新一は腕組みをして、挑発するように快斗を睨めつけた。
「天下の大泥棒を名乗る割には、勘働きが悪いな」
「いやいや、警視庁の救世主である名探偵の、深淵なる心の内などしがいない奇術師の身では知る術もなく」
「何だよ、魔法使いはどうしたんだ？」
　するりと白い手袋に包まれた手が、新一の頬に触れた。温もりが促すように添わされる。
「新一は何が欲しい？　欲しいもの、何でもあげるよ」
「探偵が欲しがるものなんて、決まっているだろう」
　新一の言葉をよりよく聞くためなのか、それとも別の目的か、快斗の顔がゆっくり近づいてくる。

「真実を」

　吐息が触れそうな距離とも呼べない距離で、新一は快斗と視線を真直ぐに戦わせる。
「ただ一つの揺るぎのない真実が欲しい」
　怪盗が目の前で小さく笑う。
「それは何とも欲張りな願いだな、名探偵」
　緩やかに新一の右手が快斗に掬い取られる。怪盗が気障な仕草で、探偵の手の甲に口づけた。
「では、お望みどおり、貴方に真実を捧げよう」
　そのまま手を引かれて、新一の身体は抗う事なく快斗の腕の中に納まった。
「怪盗キッドの、黒羽快斗のただ一つの真実を」
「っ」
　抱き締められ、耳朶を咬まれて、新一の身体が震えた。
「････････････」
　低い声が新一の耳に、唯一つの真実を音に変えた言葉を落とし込む。新一の唇が笑みの形に緩やかに綻ぶ。
「よし、合格」
　額を合わせて戯れるように視線を絡ませて、新一と快斗は笑い合う。そのまま離れる事なく重なった二つの影の向こう側、壁にかかった時計が明日が今日になった事を告げていた。

（2007.05.03）

一応、新一誕生日おめでとう小話。イベント配布用とで、新一の願い事の中身が違います。見事なまでに手抜きな一品。すんません×２(￣▽￣；)ゞ
でも、こっちのがよっぽどラブラブしておりますよ（苦笑）。

お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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