pain

　骨が溶ける。血が灼ける。身体がバラバラに引きちぎられるような痛みに息が止まる。冷たい汗が全身を覆う。
「……っ」
　小学生の身体から元の工藤新一の身体に戻って以来、時折発作のように激しい痛みに襲われた。
　大抵は数分で治まるので、ひたすら耐える。
　この症状について、主治医である灰原には報告していなかった。これ以上、工藤新一の身体の為に彼女を煩わせたくなかった。
　もしも、APTX4689、もしくはその解毒薬の副作用であるなら、彼女にも同じ症状が現れているに違いない。その場合、灰原は新一に対して何らかの行動なり反応を示すだろう。新一の見る限り、灰原にその様子は見られない。
　だから、新一を襲う痛みは、APTXの試作品を投与され、その後完全に元の身体に戻る前に、不完全な解毒作用で繰り返し身体に負担をかけた新一だけの症状だろう。
　だから、これは新一の罪だ。灰原には関係ない。そして何より彼女はもう十分苦しんだ。全ての過去の柵から解放されるべきだ。
　新一の身体を蝕む痛みはまるで、断罪のようだ。
　最愛の幼なじみを始めとする工藤新一の不用意な行動で傷ついた人達の痛みを忘れるなと、新一の身体を引き裂いていく。贖罪ではないけれど、分かっているからこそ、新一は身体を丸め、声を殺して、数分間の痛みに耐える。
「…一っ」
　何かが肩に触れた。触れた場所から痛みが溶けて、温もりに変わる。
「新一！」
　聞き慣れた声と温もりに、新一は固く閉ざしていた瞼を上げた。
「快斗…？」
「新一！」
　目の前に、今にも泣き出しそうな不安に揺れる瞳を見つけた。
　確か、誰もいない家のリビングで発作を起こし、床に倒れた筈なのに、今は快斗の腕に抱き抱えられていた。
　こいつはまた不法侵入したなと、新一は苦笑する。
　新一は手を伸ばして、快斗の頬に触れた。
「何だよ。どうかしたのか？」
「それはこっちの科白だよ。家にいるって言ってたのにインターフォン鳴らしても出ないし。庭から覗いてみたら、新一倒れていて全然動かないし」

　死んでるのかと思った。

　決定的な言葉を口に出せず飲み込んだのが分かった。
　言葉は不思議だ。口にしたら、本当に現実になるような気になる。
「何でもねぇよ」
「そんなわけないだろう！こんなに汗かいて、苦しそうにして！」
「嘘じゃねえよ」
　快斗の腕の中で、新一は緩やかに笑う。
　抱き締めてくる快斗の腕の温もりに溶けて、痛みも苦しみも今はない。
「本当に大丈夫だ。ちょっと昼に食った魚のフライが、あんまりよくなかったみたいだ。それだけだよ」
　快斗の嫌いな言葉を出せば、追及の手は鈍るだろうと計算する。
　苦手な単語に少し顔をしかめながら、それでも、新一を抱きしめる腕の力は緩まない。
「本当に平気なのか？」
「ああ」
　心配そうに覗き込んでくる瞳に笑いかけ、安心させるように、新一は快斗の腕を押しのけて立ち上がった。
「何か心配させたみたいだから、お詫びに茶でも淹れてやるよ」
「それなら、オレがやるよ」
「いいって。座ってろよ」
　さり気なく元気だとアピールする。それを快斗がどう解釈するかは分からないが、新一は出来るだけの平静を装う。
　会話が途切れて、湯を沸かす音だけが部屋に満ちる。
　新一の声が静寂を破った。

「なあ、快斗」
「何だ？」
「オレが居なくなったら、どうする？」
「何だよ、急に。居なくなるってのは、どんな風に？」
「そうだなぁ、『旅に出る。探すな』って書き置き一枚残して、居なくなる」
「何だ、それ。他には何もなし？」
「ああ。それだけだ」
「うーん、それだけか」
「で、どうする？」
「勿論、探しに行くよ。オレは新一に会いたいし、新一と一緒にいたい」
「手がかりなんてないんだぜ。国内にいるかどうかも分からないぜ。行動パターンも変えて、絶対追えないようにしてやる」
「それでも、探しに行くよ」
「どこまで？」
「どこまでも」
「いつまで？」
「いつまでも」
「ずっと見つからないかもしれなくても？」
「見つかるまで探し続けるから大丈夫」
「いくら怪盗を廃業したからって、暇な奴だな。もっと有意義に時間を使えよ」
「新一の事だけ考えて、新一だけを追いかけるなんて、とんでもなく幸せで有意義だと思うけど？」
「それで幸せなんだ？」
「それが幸せなんだよ。でも、一番の幸せは新一と同じ場所で同じ時間を過ごす事だな」


　立ち上がって、ガス台の前に立つ新一に快斗が歩みよった。
「快斗？」
　後ろに立った快斗の腕が背後から抱き締めてきた。そうされると、普段はあまり意識しない体格差を感じる。
「そんでもって、こうやってイチャイチャ出来れば、もうサイコーだね」
「おい、快…んっ…」
　抗議のために後ろを向こうとした顎を掴まれ、柔らかく唇を重ねられる。
　啄むだけの口づけは徐々に深くなる。
　息継ぎの合間の吐息が触れ合う距離で囁かれた。
「だから、新一、急に居なくなったりしないでくれよ」
「…分かったよ」
「約束だからな」
「ああ、約束だ」
　陽気な彼らしくない不安な瞳に苦笑する。
　向きを変えて、抱き締めてくる誰かの背中に腕を回して、改めて降りてくる唇を受け止めてやる。
　快斗の片腕はしっかりと新一の身体を抱き締め、もう片方の手が伸びて、忘れさられていたガスの火を止める。
「……ん…」

　深く口づけを交わしながら、新一は閉ざした瞼の裏側に、いつか優しい誰かを裏切る日を思い描いた。

(2007.02.18)

普通は逆ですが、うちの工藤さんは快斗がいなくなっても内心はともかく、表面的には探しに行くとかしなさそうなので、工藤さんがいなくなるパターンで。
嘘つきな逃げる受と、それを追っかける真直ぐな攻というのが、結構好きです（どこぞのジャンルでよく書いてたね、自分/苦笑）。
これでも、新一→快斗なので、私のカテゴリー的にはラブラブです（苦笑）。すみません、こんなんで精一杯です（吐血）。

お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

▲