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窓を閉めてください | |
| 1915 ウェールズ |
| 呼んでいる。 誰かが呼ぶ声が聞こえる。 声なき声で呼んでいる。 祈るように、血を吐くように、 切なく、悲しく、呼んでいる声がする。 声の主を知っている。 優しくて、強い人。 哀しくて、淋しい人。 そして、 私の愛しい人。 誰よりも、何よりも、愛しい恋しい人。 私を呼ぶ声が聞こえる。 「いいか、アリス、人を生き返らせようと思ってはいかんぞ」 超神を召喚し、世界の破滅を願うアルバート・サイモン枢機卿との最後の戦いへ赴く前、老陰陽師朱震はアリスにそう言った。 「この戦いで誰が命を落としたとしても、絶対に生き返らせようと考えてはいかん」 「はい」 朱震は何故か執拗に繰り返した。確かに、仲間達の中で生命再生の法を行うのに一番近いのは、破壊神を覚醒させ得るだけの霊力を持つ、シスターアリスだけかもしれない。 「あの、おじさま、一つ聞いてもいいかしら？」 「何じゃ？」 「おじさまは人を生き返らせようと思った事はありますか？」 アリスの質問に老人は遠くを見つめる瞳で笑った。 「ある。反魂の術式について考えてばかりの時があったよ」 「誰を生き返らせようと思ったのですか？」 「日向じゃよ」 日向甚八郎。ウルの父親。15年前、自らの命と引き換えに、破壊神復活を目論んだ、朱震の兄弟子徳壊の野望を潰した男。 「何故、老いぼれのオレが生き残り、日向のような若く立派な男が死んだのか。何故、日向の代わりにオレが死んでやれなかったのか。悔やんでも悔やみきれず、気がつくと禁忌の術式の事ばかり考えていたな。オレも徳壊と大差ねえなあ」 老陰陽師は空元気に肩を揺らして笑った。 「人を生き返らせようとして、数々の惨劇が繰り返されてきたってのにな。いいか、決して人を生き返らせようとしてはならんぞ」 「はい、おじさま」 遠く海の上には、平和を望むあまり世界を破滅させる野望を持った男の異形の城が浮かんでいる。アリスは朱震と並んで、最後の戦いの場を見つめた。 「おじさま、どうして人は、人を生き返らせようとしてしまうのでしょうか」 「失った悲しみに耐えられないから、だろうな。命は生まれて死ぬるものと諦めのつかない者達が、悲しみに眼が眩み、愛情を免罪符に、自然の営みと時の流れを軽んじ、過ちを犯す。人間てえのは、何と業深きことか」 朱震はやりきれないように、頭を振った。 「どんな理由があろうと、どんなに理不尽に命を奪われようと、人を生き返らせようと思ってはいけない。オレは陰陽師だからな。余計に、物事は片面では成り立たないと考える」 「はい」 「全ては連環する。だから、もし、人を殺してはいけないと考えるのならば、それが、絶対の道徳ならば、その逆もまた然り」 老人は自分自身に言い聞かせるように繰り返した。 「どんな理由があろうとも、どんなに愛しい人間であろうとも、人を生き返らせてはいけねえんだよ」 数多の近しい人々の死を見てきただろう老人の深い言葉を受け止め、アリスは頷いた。 アリスは過ぎ去りし日の夢の終わりに、聞えてくる呪文の詠唱に気がついた。 この呪文を知っている。生命再生の書エミグレ文書に記されていた呪文だ。 作り出された器に、喪われた魂を呼び戻し、定着させる禁断の儀式を誰かが執り行っているのだ。 アリスは徐々にはっきりしてくる意識の中で、全てを理解していた。 自分の死を。 恋人の嘆きを。 この場所が、かつて老陰陽師と言葉を交わした同じウェールズである事を。 気の遠くなるような時間を生きる大魔術師ロジャー・ベーコンの術式は完璧だった。器の再生も、魂の帰還も、全てが順調に進んでいる。 歯を喰いしばり、自分の蘇生を恋人が祈るように見つめている事も、アリスには全て分かっていた。 もう一度、あたたかい日の光の下で、愛しい人と手を繋ぎ、笑いながら同じ道を共に歩む事が出来るなら、どんなに幸せだろうか。それは、きっと、どんな苦難をも乗り越えていける力となるだろう。 それでも。 アリスは自分が死んだ事を知っている。ウルを助ける為に自分の命を捧げたのだ。 あの日の、老陰陽師の言葉を覚えている。 『どんな理由があろうとも、どんなに愛しい人間であろうとも、人を生き返らせてはいけねえんだよ』 はい、おじさま。分かっています。 今なら、何故、多くの人間が生命再生の禁忌を犯し、その度に失敗してきたのか、理解できる気がする。 それは、死者が拒絶するのだ。 死がなければ、また生もなく。 生者を愛おしむが故に、死者は生者の罪を拒絶する。 儚い音を立てて、再生装置の中の月晶石にヒビが入る。それは死者の希望であり、生者の絶望の音だ。 魔力を増幅し、儀式そのものを支える月晶石が砕ければ、全てが終わりだった。大魔術師ロジャー・ベーコンが試みた生命再生の儀式は失敗に終わった。 調整液に満たされたカプセルの中で、アリスの再生途中の肉体が崩れていく。その前で、愛しい人が絶望と哀しみに眼を見開いている。死者に感覚などある筈もないのに、胸が痛む。心が軋む。想いが、溢れてくる。 そんな顔をしないで。 いつまでも、私の魂は貴方と共に在るから。 偽りの肉体は崩れて消えていくのに、想いは溢れて尽きなかった。 哀しくて。 淋しくて。 苦しくて。 愛しくて。 人が奇跡と呼ぶそれは、きっと地獄の業火に灼かれるべき、神をも畏れぬ許されざる罪に違いない。 「ウル」 硝子細工のような虚ろな筈のアリスの肉体がゆっくりと瞳を開いた。偽りの肉体に宿るかりそめの魂が、花が開くように静かに微笑む。この世の何よりも誰よりも美しい、ただ一人の人間の為だけの笑顔。 「愛してるわ」 死によってすら奪う事の出来ない、ただ一つの永遠を。 （2005.10.25） |
| すみません、すみません。公式設定にケンカを売る気は毛頭ございません<(_
_；)> SH、SH２をクリアしてから、ずっと書きたかったししゃもどん的誤解曲解解釈ネタ。自分が間違っているのも、腐っているのも十分分かっておりますが、儀式失敗の理由を考えていたら、こんな所へ行き着いてしまいました。そして何よりぶっちゃけ、朱震じーちゃんが書きたかったんです（爆）。 ※新世界版は未プレイなので、何か違ったら大目に見てください。 |
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