独占欲

「嫌な天気だ」

　吐き捨てた科白と舌打ちが、現在のアーバインの機嫌を物語る。窓から覗く低く垂れ篭めた雲が一面を覆う空を忌ま忌ましげに睨んでいた。しかし、悪態をついたからといって天候が良くなるわけでもなく、アーバインは諦めて、踵を返してウルトラザウルスの甲板を後にした。

　成り行きで共和国軍側のＧＦという扱いで、今はウルトラザウルスに身を寄せていた。ＧＦという立場は非常に不本意ではあるが、圧倒的なヒルツのデススティンガーを前に背中を見せるのは、更に不本意なので、渋々ながら、今の状態を受け入れていた。このままヒルツを放っておけば世界は破滅を迎えるだろうし、何よりも必死に戦っているバンやフィーネ達を見捨てる事など出来なかった。

　とりあえず、割り当てられた部屋に戻ろうと廊下を進む。不意に左側に気配を感じて、認識するよりも先に、身体が動いていた。
　死角からのばされた手を反射的に振り払っていた。ウルトラザウルス内であると頭の片隅に残っていなければ、アーバインは迷いなく銃を抜いていただろう。

「何だ、あんたか」

　振り向いた先にいたのは、帝国軍側の総指揮官であるシュバルツだった。振り払われた手を所在のなげに持て余している。

「いきなり驚かすなよな」
「それはこっちの科白だぞ」

　冷静な指揮官はアーバインの行動を咎めず、笑いながら言った。

「声をかけようと思ったら、いきなり手厳しいな」
「悪い。ちっと考え事していてさ」

　シュバルツは経験に裏打ちさせた自信と落ち着きを漂わせながら、アーバインに視線を向けている。見透かされそうで、居心地が悪かった。

「アーバイン」
「何だよ」
「ここはウルトラザウルスの中だ。敵はいないぞ。心配するな」
「別に、心配なんざしてねーよ」

　顔を背けながら、やはり、見透かされたと腹立たしかった。

　もともと敵も味方もない生活をしていた。周囲全てが敵であるとも言えたし、同時に敵でもなかった。状況により、敵になり味方になり、裏切られ騙されるとしたら、それは自分の油断と未熟の所為と割り切れた。

　だから、こんな風に明らかな味方であり、自分を裏切らないと思われる人間達に周りを囲まれているという状況は、アーバインの経験上あまりなかった。周囲を警戒しなくてもよいという状況になかなか慣れるものではなかった。
　シュバルツがアーバインを気遣うように笑みを向けてくる。

「敵は外からやってくる。今は何故かヒルツも攻めては来ないしな。それにあと数日で重力砲の建造工場に着く。そんなに気を張っていなくても大丈夫だ。油断は困るが、緊張し続けていると後が保たないぞ」
「別に。そんなんじゃねーよ」

　不機嫌に吐き捨てて、アーバインはシュバルツに背中を向けて歩き去った。



「ああ、アイツの左眼はちょいとガタが来ているのさ。確か、ものすっごく視力が悪い筈だよ。こんな風に天気の悪い日は特に見えづらいみたいだね。機嫌が悪いんだとしたら、その所為じゃないか？
大体、眼が悪くなけりゃ、あんなカメラを始終着けているわけないさね。人間の眼ってのは、両方の眼で一つの物を見るように出来ているんだからね。何ともなくて、片方だけあんなのしていたら、見づらくってしょうがないだろうさ」
「左眼はどうしたのだ？」
「さあ？　知らないね。あたしと出会った時にはもうアレ着けていたからね」
「そうか。ありがとう」

　礼を言った背中に、女運び屋の声が追いかけてくる。

「シュバルツ大佐、あんたの事だから大丈夫とは思うけど、自分から話さないことは無闇に聞かないでおくれよ。あたし達みたいな流れ者は色々とあるんだよ。聞いてほしい時には、自分から話すんだからさ」
「分かっている」

　片手を上げて、シュバルツはムンベイの懸念に応えた。



　アーバインの眼帯は高性能だった。赤外線カメラ、望遠レンズ、録画機能その他諸々。
　特注品だろうそれをシュバルツは自室のベッドで寛ぎながら指先で弄び、確認する。持ち主は現在、バスルームでシャワーを浴びていた。
　一般兵士用の部屋にはバスルームはついていない。本来は共同のシャワー室を使用する事になっているのだが、アーバインの身体には、服で隠された場所にシュバルツがつけた、本人にとっては非常に不本意な跡が残っていた。その為に、アーバインは人前で服を脱ぐ事が出来ないのである。
　一方、元凶たるシュバルツの部屋は将官用なので、個別のバスルームがついていた。

「あんたの所為だから、シャワー借りるぞ」

　と不遜な態度でアーバインはシュバルツの部屋にやってきて、有無を言わさずにバスルームに消えた。彼がシャワーを終えた後に、シュバルツがどんな行動に出るかなどこれっぽっちも考えようともしない。そんな砂漠の賞金稼ぎの迂闊さに、帝国軍大佐の口元は自然に緩んでいた。

　第一、何の為に嫌がる事を知っていて、アーバインの肌に自分の跡を残しているのかといえば、彼が人前で肌を晒さないようにする為であり、更には自分からシュバルツの部屋に来ざるを得なくする為である。シュバルツの身勝手な計算に気づかず、アーバインはこれ見よがしの罠に飛び込んでくる。
　そこが可愛い所ではあるのだが、他の人間につけ込まれないかと、迂闊な砂漠の狼に心囚われた怜悧な軍人貴族の心配の種は尽きなかった。

　眼帯を弄びながら、アーバインを周囲の魔の手から如何にして守るかという至上命題について、つらつらと自分の考えに沈んでいると、いつの間にか水音が途絶えていた。そう気づいて間もなく、いつもの賞金稼ぎ姿とは違うTシャツ姿で頭を拭きながら、アーバインがバスルームから出てきた。

「なあ、シュバルツ、オレの眼帯知らないか？って、何勝手に人の物を持ってるんだよ」

　シュバルツの手の中にある自分の眼帯を目敏く見つけ、アーバインが大股に近づいてきた。
　いつから付けているのかは分からないが、この小さな眼帯にはシュバルツの知らないアーバインの時間が込められている。その考えは、シュバルツの胸に昏い焔を灯す。
　アーバインに出会うまで、独占欲などという偏狭な感情が自分にある事を知らなかった。

「返せよ」

　向けられた掌を見て、シャワーを浴びたばかりの昼間見る事のない素顔を見てから、視線を落として自分の手の中にある眼帯を見た。
　シュバルツの胸の中で昏い焔が揺れている。

「って、おい!?」

　返還を拒絶するように眼帯を握り締め、代わりにアーバインの手を取ると、シュバルツはその掌に恭しく口づけた。
　戸惑う手を離さずに、強く掴んだままベッドに座るシュバルツは賞金稼ぎを見上げた。

「アーバイン、私に言いたい事はないか？」
「何だよ、急に」
「何でもいい。何かないのか？」

　心情を悟られない術に長けているはずなのに、正直な気持ちが瞳と言葉に出てしまった。アーバインはシュバルツの言葉に戸惑っているのが分かる。いつにない真剣さに強く出られずに、紫の双眸が困ったように揺れている。

「えっと、あんたに言いたい事ねぇ」
「ああ、何でもいい」
「そうだなぁ、じゃあ“エロ軍人”？」
「いや、そうじゃなくて」

　冗談か天然か。あまりの言葉にシュバルツは肩を落とした。それでも、アーバインの手だけは離さなかった。

「あんたに言いたい事なんて何もねえよ」

　苦笑まじりの意外に優しい声音が降りてくる。だが、その言葉はシュバルツを傷つける。昏い焔が大きく揺らめいた。

「何もない、か。つまり、私では話相手としては不足か。バンやハーマンだったらいいのか？」
「違うよ、そういう意味じゃねえ。大体、何でそこでバン達の名前が出てくるんだよ」

　取り戻すのを諦めたのか、抵抗をやめたアーバインの手をシュバルツは強く握り締める。

「昔の事なんざもう覚えてねえよ。先の事は考えた事もない。ヒルツの野郎はぶちのめしたいとは思うけどよ。それぐらいだ。だから、あんたにも、勿論、他の連中にも誰にも何も言う事なんかないんだよ」

　自分には語るべき過去もなく、未来もない。ただ破滅に直面した世界を生きのびる現在だけが全てだと、アーバインは苦笑する。

「なあ、もういい加減に手を離して、その眼帯返してくれよ」

　シュバルツに片手を取られたままのアーバインが要求する。

「ああ、返そう。ただし、取れるものならな。だが、力づくでは返さんぞ」

　端正な顔立ちの軍人貴族は優雅な、それでいて人の悪い笑みを浮かべて、アーバインの手を離すと、その形のよい唇に眼帯の紐を銜えた。
　翡翠の双眸が面白そうに笑って、砂漠の狼を映している。
　シュバルツの理不尽な言葉に、アーバインは深い息をついた。

「全く、何を拗ねてるんだ、あんたは」

　意図を理解し、シュバルツの肩に手をかけて、アーバインが顔を傾ける。触れ合う瞬間に一瞬だけ躊躇って、それから、アーバインはきつく眼を閉じると、自分の唇をシュバルツのそれに重ねた。

「･･････っ･･･」

　触れ合っただけの唇は、やがて吐息を探して、熱を重ねる。互いを探して開かれた唇から、紐がするりとはずれて眼帯がベッドに落ちたが、シュバルツもアーバインも注意を払わなかった。
　甘い口づけに溺れて、熱に酔う。次第に、呼吸まで奪いつくす激しさを見せ始めたシュバルツは、息苦しげに離れようとしたアーバインを許さなかった。

「･･･シュ･･･っ･･････」

　必死に上がった抗議めいた声すら途中で塞いで、アーバインの唇を貪り味わう。
　巧みな口づけに流されて、力の入らなくなったアーバインの身体がシュバルツの腕に崩れるように納まるのに、さほど時間はかからなかった。ぐったりとシュバルツに体重を預けてくる誰かの瞳は既に熱で潤んでいる。その黄昏時の一瞬の色彩に似た双眸に誘われて、シュバルツは砂漠の狼の左の目元に優しく口づけた。そのままベッドに横たえても、百戦錬磨のキスで理性を蕩かされたアーバインは抵抗しなかった。

「アーバイン」
「･･･あっ･･･」
「頼みがある」
「何･･･んっ･･････」
「私を見てくれ」
「･･･え･･･？･･･」

　シュバルツの繊細な右手が優しくアーバインの頬を撫ぜる。

「右眼は現在を見ればいい。眼帯は敵を捉えればいい。ならば、せめて左眼だけは私を見てくれないか」

　いつもは眼帯に隠されて見る事の出来ない、瞳を求めて覗き込む。
　与えられるシュバルツの熱に喘ぎながら、アーバインは戸惑っている。

「何･･･わけ分からねえ事･･･言ってんだよ･･･」
「ダメか？」
「あっ！」
「言葉だけでいい。それ以上は望まん。だから･･･」

　自分を征服している筈の相手の双眸に、らしくない必死の彩を見つけて、アーバインは困ったように苦笑した。普段は決してする事のない子供のような理不尽な要求を突きつけてくる誰かの首に腕を回して、優しく引き寄せる。

「ったく･･･しょうがねえなぁ･･････ん･･･それで･･･あんたの気が済むのか･･･っ･･･」

　返事の代わりに唇と手で柔らかく線を辿り、より切なく求めれば、賞金稼ぎの身体は湧き上がる熱に身を捩る。

「は･･････なら･･･いいぜ･･････こんな壊れかけで良けりゃ左眼は･･･あんたにくれてやるよ･･････」
「アーバイン」

　与えられた左の目元に、シュバルツは自らの所有を示すように再び唇を落とした。

　形だけの約束を交わす他愛もない遊びに、地位も名誉も財力も、人が羨むありとあらゆる全てを持っている筈の軍人貴族が何よりも嬉しそうに笑みを浮かべる。
　そのまま今度は激しく唇を奪い、見かけよりも力強い貴族の腕が愛しい身体をきつく抱きしめた。応えて、小さな甘い声を上げて賞金稼ぎの身体がしなる。

　破滅に臨む世界の狭間で、夜の短さを惜しむように、帝国軍大佐は誰にも渡したくないただ一人の誰かを心行くまで貪った。
(2004.10.11UP)

随分前に途中まで書いて、まとまらなくて放り出していたネタ。
ウルトラザウルス移動中が一番、自然に二人をいちゃつかせられるので、つい都合よく使っちゃいます（笑）。
何とかラブラブ風味でオチがついた感じになったのでUPしてみました。ええ、うちの兄×アーは抵抗してなければ、ラブラブ扱いですから（苦笑）。
何かわけ分からん上に、タイトルいまいちですが、いつもの事とご勘弁下さりませ（滝泣ダッシュ）
お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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