zoids-シャワールーム-

in shower room

　重力砲を受け取るために帝国の秘密工場へ向かうウルトラザウルスは、ヒルツのデススティンガーの攻撃を警戒しながら、順調に行程を消化していた。

　いつ攻撃を受けるか分からないので、ウルトラザウルス内の兵士達は帝国共和国を問わず、24時間体制で待機をしていた。しかし、やはり深夜ともなれば、動いている人間の数は少なくなる。
　稼動機械も人員も最小限になり、居住区域でさえ人影は途絶える。

　勿論、中にはまだ眠らない人間もいた。
　照明がしぼられた薄暗い廊下を人影が一つ通り過ぎていく。
　静まり返った廊下に足音が響くのを嫌うのか、慎重な足の運びは音を生まなかった。
　周囲を警戒するように、鋭い眼光を四方に飛ばしながら進んだ人影は一つの扉の前で立ち止まった。

　五感を澄まして、中に人の気配がないことを確かめてから、人影は滑るように扉を開けて中へ入った。
　一般兵士とは違う服装の人影を吸い込み閉ざされた扉には「シャワールーム」と書かれてあった。

　人知れずにシャワールームへ入ったアーバインは、内側から電子ロックをかけ、更に扉表示を「閉鎖中」に変更した。そこで初めて詰めていた息を吐き出した。
　もう一度、念のため内部に人がいない事を確認してから、脱衣所でバンダナと眼帯を外し、服を脱いでシャワールームへ続く扉を開けた。

　一般兵士用の共同シャワールームは両脇に各10台ずつ並んでいた。1台ずつ壁で区切られているが、扉は胴体部分だけが隠れる目隠し用の仕切りだけなので、密室というわけではない。
　アーバインは一番手前の個室に、仕切りを開けて入った。

　ウルトラザウルスはいまだ調整中の部分が多々あり、兵士達も交代で24時間フル稼働している。だから、シャワーや自販機などの福利厚生施設も24時間使えるので、アーバインのように正式な軍属ではないが、元から規則正しい時間の概念を持たない人間にとっては便利だった。

　栓をひねって、頭からシャワーを浴びた。全身を打つ熱い湯に一日の終わりを感じて、深く息を吐いた。

　アーバインが深夜にシャワーを浴びているのには、理由があった。愛機のライトニングサイクスの整備に時間がかかっただけではなく、他の人間の目があるところで服を脱ぎたくなかったのだ。
　ならば、シャワーなど浴びずに休めばよいのだが、それでも、綺麗好きではないが、いつでも使える洗浄施設があるのに、整備用のオイルまみれでベッドに入るのに抵抗があった。そのため、深夜のシャワーになったのである。

「全く、人のいない時間までシャワーが浴びれないってのも、不便だな」

　人間は一人になると、つい独り言が多くなりがちになる。それはアーバインも例外ではなかった。
　目を閉じて、上げた顔を湯が叩いていく。シャワーを浴びながらの呟きは汚れを落とす湯と共に流れていく筈だった。
　だが、しかし。

「同感ではあるが、お前の肌が他の人間の目に触れないので、私は嬉しいぞ」

　不意に返ってきた返事に驚き、アーバインは慌てて振り向いた。
　仕切りの向こうに立っている人間の、ちょうど肩口から上がのぞいていた。真直ぐにアーバインを見ている、宝石のような翡翠の双眸と目が合った。

「シュバルツ！　何であんたがここに！」
「気になることがあってな。お前に確かめようと思ったのだ」
「いや、それよりも、鍵をかけてあった筈だ。あんた、どっこから湧いたんだよ!?」

　見慣れた軍服姿ではない、くつろいだ私服のシュバルツは優雅な仕草で髪を掻きあげた。

「人を蟲みたいに言うものではないよ、失敬な。ちゃんと電子ロックを解除して入ったぞ。私の認証コードはあらゆる場所がフリーパスだ」
「権力がない分、蟲のがマシだ」
「何か言ったか、アーバイン。よく聞こえなかったが」
「何でもねーよ」

　言葉を叩きつけて、アーバインは腹の底から溜息をついた。

「で、わざわざ人がシャワー浴びてる時に乱入してくるほどの急ぎの、確かめたい事って何だよ？」

　嫌味を言いながらアーバインが濡れた髪を掻きあげ、顔に流れる水滴を拭う。しかし、シャワー自体を止めていないので、すぐに水が滴る。

「実はな、兵士達の間で噂になっているらしいのだが･･･」

　一旦口を切って、思わせぶりにシュバルツはアーバインを見つめた。
　水に濡れて素顔を見せているのが珍しいのかもしれない。

「何だよ。気持ち悪ぃな。はっきり言えよ」
「そうだな。では、はっきり言おう。ここ数日、お前は人目を避けてシャワーを深夜に浴びているだろう」
「ああ、それがどうしたよ」
「誰かにセクハラを受けているのではないか、と噂になっていてな」
「は？　セクハラ？　誰が？」
「お前だよ、アーバイン」

　シュバルツが言いにくそうに咳払いをした。

「ただの噂だとは思うが、シャワールームでセクハラをされるから、それを嫌って人気のない深夜にシャワーを浴びているのだと兵士達が言うのでな」

　確か、世界は悪意の塊のような男ヒルツの攻撃の前に死に瀕しているのではなかったか。

「･･････シュバルツ、あんたはそんな下らない事を言うために、わざわざこんな夜中に来たのか？」

　低くなったアーバインの声音の意味など、シュバルツは毛先程も気にしない。

「何を言うか、下らない事ではないぞ、アーバイン。たかがセクハラと侮るな。大問題だ。
風紀の乱れは気の緩み。気が緩みは、士気にも影響する。士気が下がれば、戦場においても油断が生じる。戦場においての一瞬の油断は死と敗北に繋がる。
我々の死と敗北は、世界の破滅だ」

　アーバインはシャワーを止めるのも忘れ、仕切りの向こうで力説する帝国軍大佐を見つめる。

「つまりは、セクハラは世界を滅ぼすのだ！」

　シュバルツの無茶な論理方程式に、開いた口が塞がらない。

「それで、どうなのだ、アーバイン。実際にセクハラを受けているのか？」

　馬鹿らしいほど真剣な面持ちで、シュバルツが再び問いかけてきた。
　シャワーの流水の中で、アーバインは俯いた。

「答えられないという事は、やはり、セクハラをされているのだな。一体誰だ、お前にそんなことをする不届き者は？　私が直々に粛清してやろう。トーマか？　バンか？　ハーマンか？　よもや、クルーガー大佐ではあるまいな？」
「･･････ん･･････だよ」

　くぐもったアーバインの声はシャワーの音に掻き消され、言葉はシュバルツに届かなかった。

「え？　水音でよく聞こえない。もう少し大きい声で言ってくれ、アーバイン」

　アーバインが勢いよく顔を上げて、言葉を投げつけた。

「だから、“あんた”だって言ってんだよ、シュバルツ！」
「どういう意味だ、アーバイン」
「人がシャワー浴びてる時に、断りもなく入ってきて、延々と覗きまくっている、今！　この状況が！　セクハラ以外の何物でもないっつってんだよ!!」

　濡れた前髪の間から覗く、紫の双眸が射殺しかねない眼光でシュバルツを睨みつけている。その強い瞳に内心見惚れるシュバルツにアーバインは気づかない。

「大体だなぁ、オレがこんな深夜にシャワーを浴びなきゃならねえのだって、全っっっ部あんたの所為なんだからな！」

　アーバインの叫びが、二人以外にはいない深夜のシャワールームに木霊する。

「私の所為だと？　どういう事だ？」
「ばっくれやがって、この野郎。それとも、本気で言ってんのか？　だったら、尚更ムカつくぜ」

　本気で思い当たらないらしいシュバルツを前に、苛立ちを表わすように、アーバインが頭を掻いた。

「あんたが、こんな痕を残すから、人前で服が脱げねえんじゃねえか！」

　アーバインが湯気で見えにくくなっている自らの身体を指し示す。露出の高いアーバインの服でもちゃんと隠れる腹部や大腿部にこれでもかと散っているのは、シュバルツが愛した痕跡。

　シュバルツ、手ぽん。

　数日前、アーバインが鳴き疲れ、やめてくれと懇願するまで、いや、懇願しても離さなかった夜の愉しい思い出が脳裏を通り過ぎていく。
　確かに、人前で服を脱ぐには淫らで刺激的な痕だった。

「何だ、そうか。そういう事だったのか」
「そういう事か、じゃねえだろうが！」

　嬉しそうに笑い出すシュバルツとは反対に、仕切りに手をかけ身を乗り出して、怒気も露にアーバインが怒鳴りつける。
　その両手を掴むように、シュバルツが手を重ねた。

「杞憂で良かった。お前がセクハラされているかと、本気で心配したのだぞ」
「だから、勝手な妄想してんじゃねえよ」

　端正な顔に優雅な微笑を浮かべ、眼差しに優しさを湛えれば、それはもう芸術品だ。更に加えられた想像以上の意外な真剣さに、アーバインは思わず口ごもり目を逸らす。

「本当に、心配したのだぞ」

　重ねた手に促され、視線を向ける。翡翠の瞳が近づいてくる。その美しさに呑み込まれ、抵抗をする間もなく、そのまま仕切り越しに唇を重ねた。
　シャワーに濡れた唇にシュバルツの乾いたそれが重なり、熱を生む。

　湯気と流水音だけが世界に溢れる。

　シュバルツが貪るキスを交わしたまま、仕切りを押し開けて個室に入ってきた。キスに流され、押されるままにアーバインが下がる。
　シャワーノズルの下で、シュバルツを容赦なく湯が打った。

　白いシャツが水に濡れて、シュバルツの身体に張り付き、普段は軍服に隠された鍛えられた肉体が浮かび上がる。

「勝手に入ってくんじゃねえよ」

　わずかに唇が離れる距離。言葉ほど怒気のない声で、アーバインが抗議する。

「勝手に入っていないぞ。鍵が開いていたではないな」
「鍵？」

　シュバルツが口の端に笑みを刻み、優雅な指先がアーバインの唇をなぞり、小さく覗く赤い舌に戯れる。

「ほら、鍵が開いているだろう」

　自分が濡れるのもかまわずに、シャワーの雨の中でシュバルツはアーバインを引き寄せ再び唇を重ねた。シュバルツ得意の巧みなキスに流されて、既にアーバインの抵抗する意志は取り除かれていた。
　促されるままに、シュバルツの舌を受け入れ、熱を分かち合う。

「･･･誰かが来たら、どうすんだよ？」
「扉の鍵はちゃんとかけてきた。心配はいらない」

　抱きしめられて、濡れた布越しにシュバルツの体温を感じる。
　多忙な大佐の身でありながら、的外れではあったが自分の事を心配してきてくれたその気持ちを考えると、多少は悪い気はしなかった。

　いつも計算されたかのように、アーバインはシュバルツを拒絶できずに何度も同じ夜を数えていた。そして、今夜も例外ではなかった。

「･･････これ以上、痕つけるなよ」
「努力しよう」

　流水音に掻き消されないように、唇を寄せ合って囁いた。
　仕切りの向こうで、シャワーと湯気のカーテンが引かれ、夜が密かに更けていった。
(2004.05.10UP)

sinoirさまからの「100」キリ番リクエストでしたｖ
大変遅くなりまして申し訳ございません<(_ _)>
時間かけてコレかよな出来で、もう顔面から火炎放射状態です。
お題は「シャワー物（アメリカ式）でラブラブめ」でございましたが、ラブラブＯＫでしょうか(；￢_￢)
これでもうちにしては、ラブラブめです。しかし、それ以上にシュバ兄が可笑しい事に（滝汗）。いつも以上に兄の性格が崩壊しまくっておりますが、こんなノリが結構好きだったりします、自分。そして、珍しく素直なアーさんがやっぱり不幸気味。
この後、結局、調子に乗ったシュバ兄に痕を残されまくり、アーバインは昼間もヅラバイン用の上着を着なければならなくなり、ずぶ濡れの兄が歩いてびしょびしょになった廊下を見て、兵士達の間で新たなウルトラザウルス都市伝説が生まれるのでありました（何だ、そのオチ）。

というわけで、ごめんなさーい（滝泣ダッシュ）

窓を閉じて下さい