St. Valentine's Day

　帝国陸軍第一装甲師団長カール・リヒテン・シュバルツ大佐は多忙を極めていた。
　共和国との戦争も終わり、古代ゾイド人ヒルツによる世界の危機も回避したが、戦後処理や荒廃した都市の復興など、問題は山積みだった。
　政治の中枢を握っていた過激思想のプロイツェン派は一掃された。大幅な人事異動やそれに伴う人手不足による混乱を最小限にとどめるため、皇帝ルドルフを補佐するホマレフ宰相やシュバルツは椅子を暖める間もなく飛び回った。

　ようやく政治も市民生活も軌道に乗り始めた頃、２月がやってきた。２月も１０日を過ぎる頃から、首都ガイガロスの王宮にあるシュバルツの執務室にはひっきりなしに荷物の到着を知らせる報告が届いた。
「ホルスヤード要塞からの荷物が格納庫に届きました」
「エーベネ基地からの荷物も格納庫に入りました」
「ミレトス市の荷物も到着しました」
　続々と届けられる荷物の報告にシュバルツは頷いて、返事をする。
「了解した。後で屋敷の者に取りに来させるから、そのまま基地毎、街毎に保管しておくように伝えてくれ」
「了解しました」
　格納庫へ納品するため順番待ちをしているトラックの列が、執務室の窓からも見る事が出来た。『やれやれ』と言わんばかりに、シュバルツが軽く溜息をつく。その様子に副官が苦笑した。
「流石は、シュバルツ大佐。すごい人気ですね」
「ははは、まあ、コレも平和になった証だと思えば、あり難い事だ」
　トラックで運び込まれているのは、帝国全土から贈られてきたシュバルツへのバレンタインのチョコレートだった。
　戦後復興の一環として、市場経済の活性化を目指し、手近な平和的イベントを検索した結果、２月１４日のバレンタインデーが選ばれた。恋人に贈るだけではなく、親しい友人、家族に感謝を伝えるイベントとして帝国共和国両政府のバックアップで宣伝活動が為された。結果、戦争に疲れた人々はこのお祭りイベントに飛びついたのだった。
　企画宣伝担当者のフィーネの提案で、ＣＭも作成され放送された。
　共和国編ではハーマン大佐が、帝国編ではシュバルツ大佐が、『愛しい人は、あなたのチョコを待っています』という分かりやすいフレーズを背景にカメラ目線で爽やかな笑顔を見せたＣＭは、荒廃した人々の心を揺さぶり大ヒットした。
　そのＣＭの副産物がシュバルツに宛てて続々と届くチョコレートだった。同じく、ＣＭに出演したハーマンにもチョコが届いているという話だった。しかし、シュバルツ宛のチョコレートは３歳幼児から１００歳間近の老人までのほとんどが女性からだったのに対し、ハーマンへのチョコはそのほとんどが男性から、しかも肉体労働系の男性からというのが特徴だった。
　荷物到着の報告がてらに、共和国のチョコレート事情を説明し、副官が肩を竦める。
「自分などはせいぜい家族から一つもらえれば良い方ですよ。でも、この量ですと、お返しが大変ですね、シュバルツ大佐」
「ああ。個別には無理だ。各基地、各都市にまとめて送るつもりだ。幸い大量発注すれば、マクマーンもムンベイも割引をすると言ってくれているからな」
　抜け目ない商売人の男女を思い浮かべて、シュバルツは苦笑する。武器商人から総合商社へ転換しつつあるマクマーンにお返し用の菓子を、その輸送を運び屋ムンベイに頼む算段は既につけていた。
　シュバルツは改めて切れないトラックの列を眺めた。
「本当にあり難い事だが、私は数千、数万のチョコレートよりもたった一人の人間からのチョコレートが欲しい。が、それは、叶わぬ夢、だろうな」
　チョコレートをもらえない世の男性陣が聞いたならば、激怒しそうな科白は、幸いにも副官の耳には届かなかった。
　シュバルツはただ一人の人間を胸に思い描いて、深く息を吐いた。



　残業続きのシュバルツは、しばらく屋敷にも帰っていなかった。出勤の時間が惜しいのと、睡眠時間の確保の為、王宮に泊り込んでいた。勿論、生活するのに申し分のない部屋が執務室の隣に用意されているので、不自由はなかった。
　その日もシュバルツは仕事を終え、ベッドに倒れこんだ。上着の襟元を緩めながら、シャワーを浴びなければと自分を叱咤する。サイドテーブルに視線を移せば、硝子の器に入ったチョコレート菓子が目に入った。
　フィーネからの手作りのバレンタインチョコだった。手渡しされたこればかりは、まとめて屋敷に送るわけにはいかない。花のような少女の笑顔を思い出しながら手を伸ばし、一つを口に放り込んだ。
「ふむ。なかなか･･･」
　口の中で溶けるチョコレートを味わいながら、疲れ切ったシュバルツの意識は抗いがたい眠りの淵に誘われていった。
　シュバルツが寝入ってから物の５分も経たないうちに、無遠慮に寝室の扉が開いた。どかどかと足音も荒く入ってきた人物は、ベッドの上で軍服のまま眠っているシュバルツを見つけて、溜息をついた。
「何だよ、寝てんじゃねーか。シュバルツが呼んでるってフィーネに言われて来てみれば、コレかよ」
　砂漠の賞金稼ぎであるアーバインは優雅とは程遠い行儀で、高級羽毛布団のベッドに腰掛けた。眠っているシュバルツは身じろぎもしない。
「人を呼びつけといて、いい気なもんだな」
　端正な顔は穏やかな寝息を立てている。貴族のシュバルツが着替えもしないで寝ているあたりに、彼の忙しさが垣間見える。
「賞金稼ぎのオレには関係ないが、あんたの働きで国が安定するんだ。まあ、せいぜい頑張ってくれや」
　顔を覗き込みながら、邪魔そうに顔にかかっている金色の髪をそっと掻き上げてやった。起こすつもりはなかったが、アーバインの触れた指先に惹かれるようにシュバルツの翡翠の瞳が開かれた。
「ああ、悪い。起こしちまったかな」
　眠気に焦点の合わない瞳がそれでも、アーバインを映している。
「フィーネから伝言を受け取った。遅くなったが今、着いた。で、重要な用って何だ？　でも、疲れてんなら明日の朝でもかまわないぜ」
「･･･アーバイン？」
「何だよ？」
「本当にアーバインか？」
「何言ってんだよ、あんた。相当眠いみたいだな」
「これは夢、かな？」
「だいぶ疲れてるみてえだな。大丈夫かよ？」
「随分と優しい事を言ってくれるな、アーバイン。という事は、これは夢だな」
「え？･･････って、おい!?」
　今まで疲労困憊でベッドに寝ていた筈のシュバルツが、寝起きとは思えない力強さで、アーバインの腕を掴んで、引き倒した。
「お、おい、シュバルツ!?」
　圧し掛かってくる軍人貴族の身体を慌てて押しのけようとするが、ふかふかのベッドに踏ん張りが利かない上に、シュバルツの手と唇が的確にアーバインの弱い場所を攻めてきて、力が入らない。
「あっ、やめ･･･」
「現実でお前からチョコレートをもらおうなどとは、叶わぬ夢だからな。せめて、夢の中で楽しませてもらうとしよう」
「ちょ、待て待て待て待て！　これは夢じゃねえーって！」
「いただきます」
「ぎゃああああああああああああ！」
　雑巾を引き裂くような賞金稼ぎの叫び声が夜空に響いた。

　自室の窓から夜空に浮かぶ二つの満月を見上げていたフィーネは、全てを見透かすように楽しそうににっこり笑った。
「ゆっくり召し上がってね、シュバルツ大佐」



　翌朝、シュバルツはすっきりと気持ちのよい目覚めを迎えた。軍服からいつの間にか着替えて、シャワーを浴びていたらしい。バスローブ姿の自分に首を傾げる。
「シャワー、いつ浴びたかな？」
　そういえば、いい夢を見た。と内容を反芻をして、シュバルツは自分の口元が綻ぶのを自覚する。会いたいと願っていた相手をベッドで散々可愛がり、その後、シャワー室で心いくまで身体を洗ってやりながら、更に貪った。
「夢とはいえ、私も元気だな」
　くっくっくと肩で笑うシュバルツの横の布団だまりから、不機嫌な声が上がった。
「だから、夢じゃねーって」
　爽快な朝を迎えたシュバルツとは対照的に、ぐったりと起き上がれないアーバインが布団から顔を出し、シュバルツを睨みつけた。覗く肌に残るシュバルツの痕が、昨夜の夢が夢ではなく現実だったと物語っている。
　シュバルツは指を形の良い顎に当てて、考え込む。
「ふむ。確かに夕べ、私は疲れきっていた。それこそ記憶がないくらいにな。だが、今現在、現実にここにアーバインが居る。という事は、アレは夢ではなかった。となると、なるほど、よく分かった」
「何がだよ？」
「好物は別腹だという事が、な」
「何真面目な顔して馬鹿な事を言ってんだ、このエロ軍人」
「そう言うな」
　起き上がれないアーバインに覆いかぶさり、口づける。深く舌を絡めて、吐息を重ねる。シュバルツの巧みな口づけに流されそうになったアーバインだったが、首に回そうとした手は拳を握り、シュバルツの横面を殴り飛ばした。
「な、何だ、コレ!?」
　口の中に広がった不可解な味にアーバインは顔を歪めた。頬を摩りながら、シュバルツはさらりと答えた。
「フィーネ特製の塩味チョコレートだ」
「ンな物、喰わすな！」
「塩がきいていて、なかなかの珍味だと思うがな」
「あんたとは絶っ対に趣味が合わねーな！」
「身体の相性はいいのだがな。夕べは楽しんだだろう？　とてもイイ声だったぞ、アーバイン」
「さっさと仕事に行け！　エロ軍人!!」
　血管が切れんばかりに怒鳴りつけるアーバインに、また殴られないようにシュバルツは素早くベッドから降りた。
「今日は一日ゆっくりしていてくれ。尤も、腰が立たんだろうがな。夕食を一緒に食べよう」
　手早く着替えて、足取りも軽く出て行くシュバルツの後姿を睨みつけて、アーバインは重い身体を再びベッドに沈めた。
　どうやら、フィーネに一杯喰わされたようだが、彼女に勝てる人間などいない。アーバインは大きな溜息をついて、諦めをつける。
「ま、平和になったんだしな。たまにはいいか」
　その人の善さがつけ込まれる要因なのだが、アーバインは気づいていなかった。
　シュバルツによって与えられた甘い疲れとフィーネの塩味チョコの複雑な味を噛みしめつつ、人の善い賞金稼ぎはしばし休息の眠りに落ちていった。
（2006.02.13）

折角のイベントネタが思い浮かんだので。間に合ったし（苦笑）。
いやもう本当にバカ話ばっかりで、ごめんなさい(￣▽￣；)ゞ
珍しくラブラブって事でご勘弁を〜(ノ￣▽￣)ノ←書き逃げ
お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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