Blind-Game1

Blind　Game
1

　それは禁忌と知りながら、逢いたいと想う気持ちに嘘がつけない。

　だから、目隠しをして君を探そう。

　そうすれば、この手が届く事はないのだから。

　目に包帯を巻いたコナンがベッドに座っている。人の入ってきた気配に、扉の方へ顔を向けた。
「誰だ？」
　視力を失っているから、誰何する声もどことなく不安そうだ。快斗は後ろ手で扉を閉めて、鍵をかける。視覚が失われている分、聴覚が鋭くなっている筈だ。聡い探偵には音だけで、自分が何者かに閉じ込められた事が分かるだろう。何も言わずに快斗の手がベッドの上に座っている探偵の肩に触れると、小さな身体がびくりと反応する。
「触るな！」
　肩を掴む手を振り払おうと小さな探偵が闇雲に暴れるが、眼の見えない相手の抵抗など簡単に押さえ込めた。快斗は暴れる小さな身体を強引に腕に抱きこみ、そのままベッドに倒れ込んだ。
「やめろ！」
　絶対的な力の差に加え、一時的とはいえ視力を失っている探偵に抗う術はない。押さえつけた体を前に、高揚する気持ちを抑えようもなく、快斗はどんな声色を使おうかと考える。目の見えないコナンに対して他人の声色を使えば、どんな罪でも声の借主になすりつけられるだろう。
　なのに。
「名探偵･･･」
「お前、キッド!?」
　今のコナンは視力を失っている。更に包帯をしているので、快斗の素顔を見られる心配はない。何も装う事もなく、彼の前にいる事が出来るというのに、どうして声色を使って他人のふりをする必要があるだろうか。たとえ見えなくても、これから行われる醜い行為の犯罪者が誰であるか知られてもかまわなかった。いや違う。自分に、誰が、何をしたのか、探偵に知っていてもらいたいのだ。
「離せ、キッド！」
　快斗の腕の中で、細い腕を必死に突っ張り、コナンが身を捩る。
　普段の全てを見通すような狡猾な強い瞳は、今は白い包帯に隠されて見る事が出来ない。目に包帯を巻いている。たったそれだけなのに、快斗へ向けられたコナンの顔は酷く禁欲的で、無防備に見える。
　その哀れな小さな獲物を引き裂きたいと、快斗の中の残酷な獣が牙を剥く。
「嫌だ！」
　パジャマの釦が弾ける音と同時に聞えてくる、泣き叫ぶような声に煽られる。あの犯罪を前にした時、欠片も揺るがず容赦のない不遜とも思えるほど絶対的な探偵が、そんな声を出すなんて。
「やめろ！」
　拒絶の言葉は快斗に苦しいまでの痛みを与えるが、目の前で震える声と身体は快斗に鎮めようのない熱の在処を教える。
　白い小さな身体の全てを知りたい。同時に、忘れられないように快斗の全てを刻み付け、教え込みたい。淫らな熱で引き裂いて、理知的な瞳を快楽に堕として、滅茶苦茶に壊して、鳴かせたい。
「あっ」
　快斗は目の前の震えている木目細かい肌に唇を寄せ、ゆっくりと手を這わせた。

「って、そりゃまずいだろ！」
　黒羽快斗は自分の叫び声で目を覚ました。自室のベッドの上に飛び起きて、肩で息をしている。
「あ？」
　周囲を見回して、快斗は状況を確認した。
　自分がいるのは、見慣れた自分の部屋の、使い慣れた自分のベッドの上。勿論、ベッドには快斗一人しかいない。視線を転じると、窓からは爽やかな朝日が差し込んできていた。目覚まし時計が差している時刻は、五時。起きるにはまだ早い。
「夢、か」
　口に出して呟くのは、それが夢だと自分自身に確認させる為だ。快斗は全身に嫌な汗をかいていた。それ以上に気になる事がある。快斗はそろそろと上掛けを捲って、自分の状態を目視する。
「･･･マジかよ」
　あまりにも予想通りの結果に、快斗はベッドの上で項垂れた。
　先日、怪盗キッドの追跡途中に、今は江戸川コナンと名乗る小さな探偵が怪我をした。階段を踏み外して落ちた拍子に、頭部を打って、一時的に視力を失ってしまった。転落は探偵の疲労による不可抗力の事故で、決してキッドが仕組んだわけではない。しかし、キッドを捕まえに来ての事故に、一応の責任を感じて病室まで見舞いに行ったのだ。病院のベッドの上で、白い包帯を目に巻いた名探偵は痛々しかった。けれど、それでも彼は見えない眼を真直ぐに快斗へ、怪盗キッドへ向けてきた。決して前を向くことを止めない彼の強さが好ましく、自分のライバルの不敵さに満足して帰ってきた筈だった。帰り際に探偵の額に口づけたのは、非道な探偵に容赦なく頬を引っ張られた単なる意趣返しの筈だったのに。
「なのに、何で」
　あんな夢を見たのだろうから。
　夢の中で、あろう事か快斗は名探偵を抱いていた。眼の見えないのをいい事に、無理やりに身体を開かせ、自分のものにした。
　夢は妙に生々しかった。探偵に縋られ、背中に立てられた爪の痛みの甘ささえ、しっかりと思い出せる。快斗は頭を抱えた。
　いくら元の姿は高校生とはいえ、今は小学生の身体である。そんな相手に対して、絶対無理なありえない夢だ。
　快斗は深い深い溜息をついた。

　夢だから、いいのか。
　夢だから、まずいのか。

　快斗はベッドから降りて、バスルームに向かった。汚れた服の始末と、嫌な汗と夢の残滓を洗い流したかった。
　

（2007.09.30初出　2010.05.08再掲）

窓を閉じて下さい

▲