Blind-Game6

Blind　Game
6

　目端が利く上にすばしこい高校生と小学生のコンビは、警察と男達に見つからずに杯戸港の倉庫街から無事に脱出する事ができた。男達は全員警察に取り囲まれているようだ。日暮れ時に埠頭に輝いている赤色灯を遠く眺めながら、コナンは隣に立つ黒羽を見上げた。
「今日は助かったよ。ありがとう、えーっと、〝快斗兄ちゃん〟」
　小学生が高校生を苗字で呼び捨てるわけにもいかず、人前で服部を呼ぶ時のように、コナンは多少の努力を要して黒羽を呼んだ。それに対して、黒羽は大きく息を吐いて、コナンを睨みつけた。
「それはいいとして、一つ聞くけど、今日奴らに捕まって、もしオレがいなかったらどうするつもりだったんだ？」
「どうするって？」
「とぼけんなよ。どう考えても、お前一人じゃ逃げ出せなかっただろうが」
「そんな事ねえよ。きっと何とかなったさ」
「適当なこと言いやがって。だから、何とかならずにまた怪我でもしたら、どうするんだって言ってんだよ」
　初対面の筈なのに、以前を知っているような黒羽の口ぶりに、コナンは気づかない振りをした。先日のコナンの怪我は新聞報道などされていない。
「たとえ、そうなったとしても、それは〝快斗兄ちゃん〟の所為じゃないし、〝快斗兄ちゃん〟には関係ない事だよ」
「関係ない、だって？」
　冷酷に突き放す言葉に、身を屈めた黒羽の手がコナンの胸倉を掴んだ。怯まずに、コナンは黒羽の視線を受け止める。
「そうだよ。オレが探偵をやっていて怪我するのは、オレの責任だ。誰の所為でもない。ましてや、誰かが自分の所為だと責任を感じて気に病むなんて、オレに対する侮辱以外の何ものでもない」
　胸倉を掴む黒羽の手に、コナンの手がそっと添えられた。
「だから、お前も気にすんなよ、〝快斗兄ちゃん〟」

　ぎゅううううううううう

「いでででででで！」
　小さな手に思い切り手の甲を抓られて、黒羽は堪らずにコナンから手を離した。真っ赤になった手の甲を黒羽は涙目で摩っている。
「ひでー！　ひでーよ、名探偵」
「油断しすぎなんだよ。〝キッドキラー〟って呼ばれているオレが、キッドファンの〝快斗兄ちゃん〟と馴れ合うわけがないだろ」
　コナンは楽しそうに笑みを閃かせた。それから、一転して笑顔をおさめる。
「･･･でも、心配してくれて、サンキュな。気持ちだけはもらっとくよ」
「ずりぃな、名探偵は」
　仕方ないと言わんばかりに、黒羽は肩を竦めて溜息をついた。
「ところで、もし知っていたら、教えてほしいんだけど。･･･怪盗キッドは一体何を探しているんだ？」
　突然のコナンの問いに、黒羽はキョトンと目を丸くした。そうすると随分あどけなく見える。
「へえ、キッドって何か探し物をしているのか？　それは新説だな。キッドファンのオレとしては興味深いけど。でも、キッドが何かを探していたとして、オレみたいな一介のファンが知るわけないだろ。だけど、そうだなあ･･･」
　黒羽の瞳が、沈みかけている太陽の最後の一欠片を受けて、東の空に登ったばかりの赤く染まる月を見やった。
「あの、気障で超カッコイイ確保不能の大怪盗がもし何かを探しているのだとしたら、それはきっと〝人が絶対に手に入れてはいけないお宝〟ぐらいじゃないと、似合わねえだろうなぁ」
「誰が超カッコイイだ。目ぇ悪いんじゃねえのか」
　切り捨てたコナンに、黒羽は脱力した。
「言うねえ、探偵君。さて、そろそろお子ちゃまはお家に帰る時間じゃねえの？　オレも疲れたから、帰るわ」
「そうだな」
「次に探偵ボウズと会うとしたら、キッドの犯行現場かな？　オレは行くつもりだけど、ボウズも行くのか？」
「そうなるかな。とりあえず、ゴミ掃除は今日出来たみたいだから、本番には余計な邪魔が入らないといいけどな」
「確かに、折角のキッドの晴れ舞台と、探偵君との対決を物騒で無粋な奴らに邪魔されるのは興ざめだな」
　彼が自分と同じ事を感じていた事実に、コナンは驚いた。全力で窃盗阻止と追跡を試みられる怪盗にとって、探偵こそが邪魔な存在だと思っていたのに。見開かれたコナンの双眸に気づいて、黒羽が怪訝そうな顔をする。
「ん？　どうかしたのか？」
「いや、何でもねえ。･･･そうだな、余計な邪魔が入らないといいな」
「ああ。さて、行くか。じゃあな、名探偵。本当にあんまり無茶すんじゃねえぞ。おっと、そうだ、今度縄抜けのマジック教えてやるよ」
　コナンの返事を待たずに、屈託なく笑って黒羽は楽しそうに手を振りながら、去っていった。
夕暮れの中、遠くなっていく黒羽の学生服の背中から視線を離し、コナンもまた反対方向へ歩き出す。
　指先で触れた、いつかと同じ誰かの孤独を気づかない振りで握り締めながら。

　江古田のとある住宅街。早朝の恒例と化した、黒羽快斗の叫びが響き渡る。
「だから、そりゃまずいって！」
　無粋な声に驚き、眠りから醒めた鳥達が江古田の空に一斉に飛び立っていく。
　小さな名探偵と友人関係を築けたらとささやかに願っている筈なのに、夢はあまりにも正直すぎる。
　黒羽快斗の穏やかな朝の目覚めは遠い。

（2007.09.30初出　2010.05.13再掲）

すみません、敵を色っぽい声でおびき出すというのをやってみたかったんです。が、思いの外エロくなっちゃってました。いやもう、変態でホントすみません。
江戸川がお礼を言っているのは、キッドではなく相手が快斗兄ちゃんだから（苦笑）。怪盗の姿をしていたら、きっとお礼は言わない江戸川クオリティ。
引き続き、快斗の顔を触る江戸川萌え。後は江戸川をぎゅうと抱き締めてる学生服快斗萌え。
ああ、本当に萌えって素晴らしい。

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