Blind-Secret1

Blind　Secret
1

　それは禁忌と知りながら、逢いたいと想う気持ちに嘘がつけない。

　だから、目隠しをして君を探そう。

　そうすれば、この手が届く事はないのだから。

　不意に、誰も知らない場所に行きたくなった。

　授業中、教室の開いた窓から風が吹いてきた。ただ、それだけだった。
　中身は高校生であるコナンにとって、退屈極まりない小学一年生の授業が展開されている黒板から、風に誘われるように視線を窓の外に向けた。他の子供達は皆一様に真剣に黒板に向かい、ノートを取っている。勿論、コナンと同じ境遇の灰原哀は別の事を考えているだろうが。
　並んでいる子供達の頭の先に窓があり、その向こうに世界が広がる。風はそこから吹いてくる。雲は白くて、空は青く、太陽は眩しかった。木々は緑の葉を揺らし、校庭は風に砂を巻き上げられている。
　当たり前の風景が当たり前にあって、その下で、当たり前の子供達が校庭で遊び、教室で学んでいる。
　ここは小学校で、本来は高校生である自分の居場所はない事を、コナンはふと思い出した。だからといって、高校に行き、自分の教室の工藤新一の席に座っても、身体が小学生になってしまった自分の居場所は、やっぱりそこにはないのである。
　今更感じる必要のないつまらない感傷だと、コナンは自分を嘲笑う。
　いつの頃からか、気づいていた。黒の組織に身体を小さくされて、分かった。工藤新一だろうが、江戸川コナンだろうが、自分という人間は魂から探偵なのであると。たとえ、そう望まなくても、自分はどうしたって探偵でしかいられない。そして、結局、自分の意志で探偵で在ろうと決めた時から、恐らく当たり前の世界から逸脱したのだ。

　学校から帰って、ランドセルを置いて、コナンは蘭や小五郎に見つからないうちに、毛利探偵事務所を抜け出した。歩美達少年探偵団にも見つからないように、彼らの行動範囲とは異なる街へスケートボードを走らせた。
　特に理由はなかった。ただ、風に誘われ、一人になりたかっただけだ。
　工藤新一の事も、江戸川コナンの事も、誰も知らない場所に行きたくなった。
　誰にも何も、偽らなくていい場所に。
　適当にボードを走らせて、辿り着いた公園で足を止めた。それなりの広さを持つ、東都住民の憩いの場である。軽やかに地面に降りて、跳ね上げたボードを片手で受け止める。公園の外にあった自動販売機で缶コーヒーを買った。勿論、無糖だ。遊具のある場所では、子供達が無邪気に遊んでいる。微笑ましい彼らを横目に見ながら、コナンはそこから離れた位置にある、公園の緑を楽しむ静かな場所に置かれたベンチで、缶コーヒーに口をつけた。
　冷たい苦味に息をつく。小学校低学年の子供が、公園の人気のないベンチで、ブラックの缶コーヒーを飲んでいる姿は奇異だろう。
　どうせ誰も自分を知らないだろうからと缶コーヒーに口をつけながら、コナンは開き直った。その為に、ここに来たのだ。
　見上げた空は、都心の割には綺麗に見えた。小さく息を吐く。
　鳥の羽音が聞えた。コナンが座ったベンチよりも奥で、木立に隠れて見えないが、向こうから何かが弾けるような軽い音が聞える。クラッカーが破裂するような、聞き覚えがあるそれに興味を引かれた。謎があれば、解かずにはいられないのが探偵という生き物である。コナンは立ち上がりボードを持って、音のする方向へ足を向けた。

（2007.09.30初出　2010.05.14再掲）

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