Blind-Secret4

Blind　Secret
4

　公園で偶然再会した探偵と、思いがけず穏やかな時間を過ごした。背中に探偵の存在とぬくもりを感じていると、驚くほど満たされた。見つからない宝石への焦りも、忘れてしまいそうになる。それはあまりにも危険な状態だと、気づいていた。けれど、自分からこの時間を壊す強さがなかった。むしろ、どこまでも流されてしまいたくなる。
　快斗が手で視界を覆った探偵は動かない。快斗の出方を待つつもりらしい。狡い奴だと、快斗は苦笑する。何をするとでも怒って手を振り払ってくれれば、快斗はきっと迷わずにいられるのに。
　探偵の夢はまだ時折見ている。もう自分の気持ちを認めざるを得ない。
　快斗はこの探偵が好きなのだ。犯人を捕まえる為なら、どんな無茶も無茶と思わず、真直ぐに真実を見据えて果敢に立ち向かっていく、この危なっかしい探偵を放っておく事が出来ない。自分の気持ちは、探偵が怪盗へと寄せてくれる好意とは多分、いや間違いなく別の意味であるけれど。
　探偵の夢は最初の頃のように、暴力的なものは見なくなっていた。自分の醜さを夢に見て、傷つく事はなくなった。代わりに、最近見るのは探偵を探す夢だった。
　どこを探しても、探偵は見つからない。何故探しているのかも分からない。
　ただ会いたくて、けれど、会えなくて、夢の中で快斗は彷徨っている。彷徨い疲れて、立ち止まり、そして、そこで眼が覚めるのだ。眼が覚めて、快斗は見つからない探偵に安堵する。
　多分、夢は自分に対する戒めだ。
　現実に見つからないパンドラは、絶対に手に入れなければならない。
　現実で触れる事の出来る探偵は、絶対に手に入れてはいけない。
　快斗の身体は一つしかない。二つのものを同時に追う事も、手に入れる事も出来ないのだ。
　パンドラと探偵と、どちらかを選べと言われれば、快斗は迷う事なく、パンドラを選ぶ。その為に、快斗は怪盗キッドになったのだから。
　なのに、こうして偶然出会ってしまえば、惹かれる気持ちを抑える事が出来ずに、触れてしまう。夢のように、どんなに望んでも会えずにいられれば、快斗は惑わされずに済むのに。
　残酷な現実は甘い誘惑で、快斗を引き裂こうとする。
　快斗の手に視界を覆われた探偵は、動かない。
　この小さな探偵は自分の秘密を守るため、周囲の大事な人達を守るため、本物の子供のように擬態している。そのために、自分にどれほどの痛みがあろうと耐えぬく覚悟なのだろう。ならば、快斗も彼と対等であるために応えなければならない。自分達がお互いに負けず嫌いだと分かっていた。相手が強くあるならば、自分も強く、そして、相手が優しくあるならば、自分もまた優しくあろう。
　目の前で、探偵の小さな唇が動いた。
「快斗兄ちゃん？」
　小さな笑みを、快斗は口元に刻んだ。
　誰にも知られてはいけない怪盗の正体から、彼が眼を逸らしてくれるのならば、自分もそれに応えて怪盗キッドと、ただの高校生黒羽快斗の二役を演じきろう。
　けれど、風が吹いて、偶然出会った。一人でマジックをしている、多分誰にも見られたくなかった姿の筈なのに、探偵が自分を見つけてくれて、嬉しかった。その気持ちは自分だけの秘密として、胸の奥深くに閉じ込める。閉じ込めて、鍵をかけなければならない。見えない鍵は目の前にあった。
　探偵の額に触れて、快斗は自分の気持ちに気づいてしまった。だから、もう一度触れて、自分の気持ちに鍵をかけよう。
　快斗は探偵の頬に唇を落とした。

　視界を隠されていても、日光が何かに遮られてコナンに影が被さるように落ちてきたのが、分かった。
　あたたかな何かが頬に触れて、離れていった。
　いつかの病室で、訪れた怪盗がコナンの額に落としていったのと同じ感触だ。
「テ、テメー！」
　視界を解放されて、何をされたのか理解したコナンが真っ赤になって腕を振り上げた時には、黒羽はステージを降りて、既に手の届かない場所にいた。
「へへん、さっきの両手平手打ちのお礼だよ！」
　楽しそうに、黒羽が舌を出す。
「じゃあな、名探偵、次に会うのはどっかのキッドの現場だな」
　キッドファンの高校生が、挑戦的にニッと笑った。キッドキラーと呼ばれる探偵が受けて立つ。
「そうだな。その時にはキッドが捕まる姿を拝ませてやるぜ」
「なーに、キッドの華麗なショーの成功を見て、警察と一緒に吠え面かくに決まってるぜ」
「誰が！」
　黒羽は手を振って、軽やかに木立の向こうに走り去って行った。後には、コナンが一人残される。いつもと同じだ。彼は去り、その背中をコナンが見送る。多分、それが正しい立ち位置。
　コナンもまたステージから降りて、黒羽が去った方向に背中を向けて歩き出す。同じ道を歩む事はなく、視線は重ならない。
　けれど、予感はあった。
　いつか、探偵はまた彼に出会うだろう。きっと、彼も感じているはずだ。
　怪盗が彼の果たすべき役目を終え、探偵が自分の本当の姿を取り戻した時、もう一度出会う。そんな予感がした。
　まるで、誓約の証のように、誰かが触れていった頬に小さなぬくもりだけが残っていた。

（2007.09.30初出　2010.05.16再掲）

「Blind」シリーズ、これにて終わりです。改めて読み返したら、ちょっと最後に再会の気配がなかったので、書き足してみました。いやもう、難破船での仲良し具合からすると、四の五の言わずに、おまいら早く結婚しろ。
「Secret」は背中合わせの二人萌えーでした。快斗の背中に寄りかかる江戸川がやりたかったんです。
Kコは何だかでこちゅーとかほっぺちゅーの方がやらしい気がする、腐れ脳内ミステリー。
萌えの向くまま書いたシリーズでしたが、思ったよりも雰囲気が気に入った感じになりました。私にしては結構ほのぼの系な感じでしたな。
最後までお付き合い、ありがとうございました！

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