Blind-Secret3

Blind　Secret
3

　本当は分かっていた。再会は、偶然ではない。野外ステージにいる黒羽を見つけたのは、コナンが先だった。黒羽はコナンに気づいていなかった。だから、あの時、何も言わずにその場を立ち去っていれば、自分が望んだ何も偽らないでいい場所にいられたのだ。分かっていたのに、気づけば、コナンは黒羽の立つステージの前に座っていた。
「気が向いて、たまたまこの公園に寄っただけだよ。そしたら、快斗兄ちゃんが一人淋しくマジックをしてたんだ」
「そっか」
　黒羽が楽しそうに笑った。ふと、風が変わる。黒羽が風の先を追うように、視線を空へ向けた。眩しそうに見上げた世界から、視線をコナンに戻した。
「なあ、名探偵」
「何だよ」
「もしも、オレが怪盗キッドだったら、どうする？」
　コナンがまじまじと黒羽の顔を見た。黒羽は穏やかな笑みを浮かべていた。キッドのような挑戦的な笑みでもなく、黒羽快斗の悪戯好きの笑みでもなく、笑った口元と眼差しからほんの少しの淋しさが零れて落ちた。
　コナンは無言でベンチを降りると、不思議そうな黒羽の前を横切って端にある階段からステージに上がった。
「探偵君？」
　コナンを眼で追っていた黒羽は、ステージの端に座っている。ステージに上がって、目の前に来たコナンを見上げる形になった。黒羽はコナンの行動の理由が分からずに、怪訝そうな顔をしている。
　コナンは黒羽ににっこりと可愛らしく微笑みかけて、両手を広げた。

　ばちん！

　コナンは広げた両腕を勢いよく閉じた。小さな両手が、黒羽の顔を挟み込むように平手打ちした。両方向からの攻撃に力を逃しようもなく、まともに受けた黒羽の頬には小さな手形がはっきりとついた。
「いって！　何すんだよ!?」
「それが答えだよ」
「え？」
「もしも、快斗兄ちゃんが怪盗キッドだったら」
　頬にくっきりと赤く手形が付いた黒羽は思いの他可愛らしく見えて、コナンは笑った。
「そんなしょぼくれた顔すんなって言うな」
「さすが、名探偵。手厳しいなぁ」
　だが、黒羽は楽しそうににこにこしている。コナンはステージの端に腰掛けている黒羽の背中に寄りかかるように座って、膝を抱えた。
「オレからも質問だ」
「珍しいな、探偵君。何だよ？」
「工藤新一って知ってるか？」
「高校生探偵で有名な奴だな」
「そうだ」
　他には誰もいない、世界の片隅で風が緩やかに流れていく。
「オレが、その工藤新一だ」
　木立が揺れて、鳥が青い空へと飛び立っていく。彼らは何処へ行くのだろうか。
「そう言ったら、どうする？」
　背中を預けた黒羽は振り向かない。互いの体温だけを背中に感じながら、合わない視線を空に向ける。
「お前が、工藤新一だったら、」
　コナンの背中で、黒羽が肩を揺らして笑った。
「そうだとしても、大した違いはねえなぁ」
「そうか？」
「ああ。だって、工藤新一だろうが、江戸川コナンだろうが、お前が名探偵である事に変わりはないだろう？」
「まあ、そうかもな」
　名探偵である事をさも当然のように、コナンは受容した。その後に、コナンと黒羽は互いに笑い声を立てた。
　背中合わせの真実は、どんなに前に手を伸ばしても届かない。向かい合わせの虚構よりもよほど性質が悪い。
「なあ？」
「ん？」
「知ってるか？　オレ、お前の事、結構好きなんだぜ、名探偵？」
「そうか。知らなかったな。なら、お前も知らないだろう？　オレもお前の事、結構気に入っているんだぜ」
「ふーん、そっか」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、ちょこっと我慢な」
「え？」
　寄りかかっていた背中が前触れもなく外され、コナンはバランスを崩した。野外ステージの床に手を付いて、体を支える。
「何す･･････る･･･？」
　黒羽の器用な手に、やわらかく視界が覆われる。不思議と、黒羽の手を振り払う気は起きなかった。
　空気が揺れて、ほんの少しの間、世界を隠される。いや、本当は世界から隠されているのかもしれない。
　何も見えない。だから、今目の前にいるのが誰か、コナンには分からない。
　黒羽快斗なのか。
　怪盗キッドなのか。
　区別をつける必要もないのかもしれない。何故なら、視界は閉ざされているのだ。真実を見る事は出来ない。ならば、今、この瞬間だけは、コナンが望んだ相手が目の前にいると考えても許されるだろう。
　では、自分は一体誰を、そして、何を望むのか。
　もしも、今相手に真実を問い質せば、答えは返ってくるのだろうか。その時、自分が取るべき行動が、コナンには分からなかった。だから、まだ彼の名前を呼ぶ事は出来ない。
　コナンの中に、自分が名乗るべき名も、呼ぶべき名もあった。けれど、それを口にするには、全てが足りない。コナンは自分を心配してくれる周囲の人達の願いを踏みにじり、偽りを纏い、この場所にいる。多分、彼もまた似たような事情の筈だ。自分達には、それぞれ最優先でやるべき事がある。
　だから、今コナンが口にしていい名前は一つだけだ。
「快斗兄ちゃん？」
　問いかけに、返事はなかった。

（2007.09.30初出　2010.05.16再掲）

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