Hide-out18

Hide-out
18

　翌日、新一の熱は再び上がっていた。ようやく熱が下がり始めたところで無理をさせられたのだから、当然の結果だった。
「本当に、ごめん」
　新一はベッド脇で甲斐甲斐しく看病しながら謝る快斗をじろりと睨んだ。
「お前、元気すぎ」
「はい。スミマセンでした！」
　想いを受け入れてやったのが余程嬉しかったらしく、快斗は新一をなかなか放してくれなかった。何度も貪られ、「もう無理」と懇願したのに、更に奪われた。新一の体力は限界を越えていた。
　ベッドに横たわり、額に乗せられた濡れタオルの心地よさに、新一は眼を閉じた。
「お前、ここまでどうやって来たんだ、快斗？」
「オレはバイク。この家から少し離れた茂みの中に置いてるんだ」
「そのバイク、二人乗り出来るか？」
「出来るけど、事故った時に乗せた相手の死亡率が高いから、オレは二人乗りはしない。バイクに乗りたいのか？」
「オレは帰りたいんだよ。誰の所為で、何日ここに居ると思ってんだ？」
「ごめん」
　強く出ると簡単に引っ込む相手に調子が狂う。尤も、今回はどう考えても、快斗が悪い。
「一度、戻って車持ってくるから、それまで待っててくれ」
「よし。家まで送れよ」
「勿論、ジェット機の時より安全運転で送り届けてやるよ」
「ガス欠になるなよ」
「気をつけるよ」
　共通の話題、共通の思い出に新一と快斗は互いの顔を見て、笑った。
「そうだ、お前、あの写真だけど」
「ああ、親父と写っているコレだろ？」
　快斗が写真を取り出した。
「言っとくが、それを見つけたのは偶然じゃねえぜ」
「え？」
「その写真が挟まっていた本は『私が出会った七人の騎士』。オレの母さんが書いた本だ」
　母親のエッセイを見つけ、新一は思わずその本を取った。本の間から、ひらりと舞い落ちた写真はまるで、新一に見つかるのを待っているかのようだった。
　もしかしたら、盗一氏はこの場所へ新一が、いや、正確には初代キッドが対決した工藤優作が辿り着くのを期待していたのかもしれない。
　快斗は嬉しそうに笑った。
「そっか。じゃあ、新一がここに来たのも、写真見つけたのも、全部親父が仕組んでくれたようなもんだな。やっぱ、かなわねえなぁ」
　サンキュー親父と写真の若い頃の父親に向かって、快斗は礼を言った。
「それで、どうする気なんだ、この家」
「親父との約束は守るよ。それに、新一がこの家を、この場所を、ここに誰が居たかを覚えていてくれる。形がなくなっても、もう怖くない」
「何言ってやがる。オレは事件に関係のない事はすぐに忘れるかもしれないぞ。絶対に覚えてなんてやらねえからな。だから、お前がちゃんとずっと覚えておけ。この場所を本当に失いたくないのなら、お前が、黒羽快斗がしっかりとジジイになって、死ぬまで覚えとけ」
　途中で死ぬなんて許さない。新一の真意を受け取ったのか、快斗の手が嬉しそうに寝ている新一の手に重ねられた。
「うん。そうするよ。でも、新一も覚えていてくれよ。ずっと一緒にこの家の事、忘れないでいてくれよな」
「お、おう」
　交わす言葉の恥ずかしさに、新一は上掛けを引っ張って顔を隠した。

　山中の空家が全焼。被害者はなく、周囲への類焼もなかった。
　新聞の地方欄の片隅にそんな火事の記事が載ったのは、新一が自宅に戻ってから数日後の事だった。

終
（2007.03.18初出　2009.12.06再掲）

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