Masquerade11

Masquerade
11

　工藤が眼を開けると、夜の窓辺に黒羽が立っていた。手の中で何かを弄んでいる。くるりと返した掌に、次の瞬間現れたのは、大粒のルビー。恐らく、あれは今は〃暁の女神〃と呼ばれている宝石に違いない。黒羽は工藤が起きた事に気づかずに、掌に現れたルビーを月に翳した。怪盗キッドお馴染みのポーズだ。違うのは、彼は今白いスーツもシルクハットも片眼鏡もなく、私服を着ているという事だけだ。
　月に翳した宝石を切なく眺めて、黒羽は小さく息を吐いた。多分、それで用は済んだのだろう。再び返した掌にはもうルビーは影も形もなかった。恐らく適当な時に、中森警部に返却するに違いない。盗品であるとのメモでも添えて。
　工藤はわざとらしく寝返りを打って、黒羽に気づかれるようにしてから眼を開けた。
「起きたのか、工藤」
　黒羽は窓辺を離れて、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
「気分は？　気持ち悪くないか？」
「ああ。大丈夫だ。今、窓の所で何をしていたんだ、黒羽？」
「ん？　ああ、月を見ていたんだ」
「そっか」
「工藤」
「ん？」
「あんまり無茶するなよ」
「悪い」
　そっと黒羽の唇が下りてきて、工藤のそれに重ねられた。
「んっ」
　キス越しに黒羽の心配が伝わってきた。すぐに絡めた舌が名残惜しく離れていく。
「ごめん、工藤、怪我しているのに」
「これぐらい大丈夫だ」
「でも、これ以上してると、もっと欲しくなるから」
　さらりと髪を撫でられる。黒羽の指はいつでも気持ちいい。穏やかな時間が、気負いなくその言葉を口にさせた。
「なあ、黒羽、オレに言う事ないか？」
「あるよ」
　工藤の問いかけに、黒羽はあっさりと首肯した。ベッドに横たわる工藤に向ける黒羽の双眸は、優しく笑んでいる。ゆっくりと黒羽は工藤に顔を近づけた。
　夜の静寂そのものの声で、黒羽は囁いた。
「好きだよ」
「っ、そうじゃなくて」
　思わず起き上がった工藤は、くらりと世界が回るのを感じた。
「ああ、だめだよ、工藤。急に起きるから」
　再びベッドに倒れそうになったのを黒羽の腕に支えられる。工藤は自分を支える腕の中で、黒羽を睨んだ。しかし、工藤の苛立ちなどどこ吹く風。黒羽は嬉しそうな優しい笑顔で繰り返す。
「好き。大好き。オレは工藤が好きだよ」
「う、分かった。もういい」
　けれど、黒羽は止まらない。そっと、工藤の手を取り、黒羽はその甲に口づける。
「愛している」
　あまりにストレートな言葉に、工藤の顔は真っ赤になった。
「オレが一番言いたい事は、それだけだよ」
　黒羽の真実は分からない。けれど、その言葉に嘘がない事だけは、不本意ながら、工藤にも分かった。
「ねえ、工藤。工藤もオレに言いたい事ない？」
　黒羽の腕の中で、今言うべき事は多分一つだろう。
「その、オレも」
「うん」
「･･･好き、だぞ」
　言いたい事も聞きたい事も別にあったけれど、間近で見る黒羽の嬉しそうな笑顔に、他の事は霧散してしまった。
　黒羽の腕に体重を預け、その胸に顔を埋める。
　言わない言葉も足りない言葉も多いけれど、今は互いのぬくもり以外何もいらなかった。

終　　

（2009.08.30初出　2011.12.28再掲）

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