nocturne　0

　部屋に明かりはなかった。窓から差し込む蒼い月光に、白い影が浮かび上がる。
　白いスーツにマントにシルクハット。恐らく、他の誰が着ても滑稽にしか見えないだろうそれらを、当然のように優美に着こなすのは、怪盗キッドただ一人だった。
　怪盗はイーゼルから取り上げた一枚の絵を、月光の下で見つめていた。片眼鏡が月光を蒼く弾いている。窓の向こうの夜空を背景に、その姿こそが一枚の絵画のようだった。
　立ち尽くす女性に言葉はなかった。不思議と彼女には、説明も言い訳も、今は何も必要ないと分かっていた。
　ただ静かに夜と時間が流れていく。
　悠久を思わせる夜の静寂は静かに破られた。月下の奇術師の二つ名を持つ怪盗は、自分を見つめる女性に視線を向けた。
「奥様、この絵は私が盗みましょう」
「･･･いいのですか？」
「はい。予告状は改めて警察に送っておきます」
「何もお聞きにならないのですね」
「残念ながら、お話を聞いても、私では貴女の力になれないでしょう。この絵を盗んでも、多分それだけでは貴女を助けられない。違いますか？」
「･･･」
「探偵をお呼びなさい」
「探偵？」
「そうです。工藤新一、名前を聞いたことはあるでしょうか？」
「はい。確か、高校生探偵と」
「今は大学生ですがね」
　怪盗は小さく笑った。
「その人は、私の望みを叶えてくれますか？」
「恐らく。それで貴女が救われるか、私には分かりませんが、彼は貴女を守り、間違いなく真実に辿り着くでしょう」
「そうですか」
　女は安堵と哀しみを混ぜて、ひっそりと微笑んだ。


（2010.5.3初出　2022.06.30再掲）

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お粗末さまでしたｖ 窓を閉じて下さい お粗末さまでしたｖ

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