respect17

Respct！　17

　去年の夏は猛暑だった。今年は比較的落ち着いているが、暑い事に変わりなく、新一はリビングのエアコンをつけた。
　リビングの三人掛けソファに腰掛け、用意したアイスコーヒーに口をつける。持ち出してきた二冊のスクラップブックのうち一冊を取り上げて、開いた。二年前の事件に関するものが集められている。新一は事件を思い出すように、ゆっくりとページを繰った。
　不意に、背後から腕が伸びてきて、首に抱きついてきた。
「暑い」
「何だよ、いきなりそれかよ。つれないなぁ」
「何度も言ってるだろ。気配を消して近づくな。悪趣味だぞ、黒羽」
「て言っても、工藤、気づいているじゃん。ちっとも驚かないじゃないか」
「慣れだ。気づいているわけじゃない」
　首に懐いたまま、黒羽が不平を言う。ふわふわの癖毛が新一の頬をくすぐった。
「いい加減、離れろ」
「へーい」
　あっさりと黒羽は離れて、新一の隣に座った。
「何の用だ？」
「折角の夏休みだから、工藤と遊ぼうと思ってさ。事件が終わったみたいだから」
「相変わらず地獄耳だな。お前、まさか」
「大丈夫。盗聴器はつけてないよ。高木刑事に聞いたんだよ。工藤君はまだ警視庁ですか？ってね」
「ならいいけど」
「何を見てたんだ？」
　黒羽がひょいと新一が持っていたスクラップブックを覗いた。そこには、二年前の鈴木財閥の飛行船がジャックされた事件に関連する記事が並んでいた。テーブルに置かれたもう一冊は、一年前のスカイツリーでの事件に関するものだった。
「懐かしいもの見ているな」
「ああ。藤岡の裁判がようやく再開したってニュースでやっていたからな」
「事件の証拠集めやら、藤岡の精神鑑定で、再開まで随分時間がかかっていたからな」
　ベルツリー号のジャック事件では人は死んでいないが、それは幸運だっただけだ。飛行船の爆破が成功していれば、乗員乗客は全員死亡していただろう。大量殺人の悲惨な事件になりかねなかった。この米花町の洋館にいる二人がいなければ、そうなっていた可能性は限りなく高い。
「事件が事件だから、執行猶予はつかないだろうな。確実に懲役刑だ」
「それで、更生できるかな？」
「さあな」
　藤岡という男の人間性から考えると、更生はかなり難しいだろう。だが、工藤は人間に絶望してはいない。だから、藤岡もまた更生できる可能性は０ではないと信じている。
「……おい」
　気づくと、黒羽の手が腰に回されていた。
「ダメ？」
　大学生になったというのに、黒羽は小首を傾げてくる。それが可愛く似合っているのが始末に悪い。反則だ、と新一は思う。
「お前、遊びに来たんじゃないのかよ」
「うん。だから、遊ぼう」
　引き寄せられて、耳元に低い声が落としこまれる。
「ね、新一？」
「っ」
　柔らかく唇を塞がれる。
「んんっ」
　入り込んできた黒羽の舌にリードされ促され、新一も躊躇いがちに応えていく。こうなるといつものパターンになってしまう。
　新一の手からスクラップブックが取り上げられ、テーブルに置かれた。
「オレとしては、新一と仲良くなるきっかけになった事件で、記念的に忘れられないけど」
「あっ」
「今は忘れてくれよな」
　黒羽の指に、新一は開かれていく。求めてくる恋人の熱に煽られ、新一の熱も高まっていく。
　新一は挑発的に黒羽を睨んだ。
「なら、忘れさせてみろよ」
「お望みどおりに」
　再び唇を重ねる。恋人達の時間が始まる。

　エアコンが効いていても、恋人達にとって今年の夏も暑い事には変わりはなかった。

（2010.8.22初出　2025.01.05再掲）

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