星に願いを18

星に願いを
18

　神野正好は、ショーウィンドウ越しに悩んでいた。
　妻浜子へ結婚記念日のプレゼントを贈ろうと、色々と店を見て回ったが、なかなかコレといったいい物が見つからなかった。
　自分の力を試したいと、海外に来た自分に黙ってついてきてくれた妻。苦労の連続で、何度日本に帰ろうかと思ったが、妻がいてくれたから頑張る事が出来た。
　最近になってようやく努力が実り、運も向いてきた。少しばかりの余裕も出てきた。
　先日、取引先の社長夫人に会った時、夫人が綺麗なブローチを付けていた。妻は一瞬だけ羨ましそうな顔をした。それは本当に一瞬で、苦楽を共にしている自分だからこそ気づいた。
　正好の前のショーウィンドウの向こう側では、シンプルなデザインのブローチが飾られていた。
　値段は予算よりも少し高いが、妻の誕生石であるルビーが嵌めこまれている。自分にとっては高値だが、恐らく大粒のルビーがついている割には安いだろう。よく見えないが、どうやら多少の傷があるようだった。星の輝きを持つスタールビー。その意匠は気に入ったが、あまりな粗悪品では妻へのプレゼントとして相応しくないだろう。だがしかし、と正好は店のショーウィンドウの前でぐるぐると思考の迷路を彷徨っていた。
「綺麗なブローチですね」
　不意に、日本語で声をかけられて顔を上げると、いつの間にか隣に男性が立っていた。
「どなたかへのプレゼントですか？」
　歳は二十代前半ぐらいか。男は警戒心を起こさせない親しみやすい笑顔を、正好に向けてきた。つられて、正好も笑みを返した。
「ええ、結婚記念日のプレゼントに、妻へ贈ろうかと思いまして」
「奥様へ。それは素敵ですね」
「でも、傷物のようなので、それでちょっと悩んでいたんです」
「ああ、本当だ。でも、これはなかなかいい物ですよ。掘り出し物だと思いますが」
「あなた、お店の人ですか？」
「いえいえ、違います。私、マジシャンなんで、こういう装飾品にも少し目が利くんです。宝石の類に眼の肥えている方々相手のショーの場合、安物や偽物を付けていると、それだけでお客様は冷めてしまって現実に帰ってしまうのですよ。夢を売る仕事をする者の、沽券に関わります」
「はあ」
「だから、値段に惑わされずに、いい物を見分ける目が必要になってくるんです」
　顎に手を当てて、自称マジシャンの男はショーウィンドウの向こう側に飾られているブローチを見つめている。根拠はないが、人好きのする男の鑑定眼を信用してみようかと、正好の気持ちが傾いた。
「これはいい物ですか？」
「ええ。筋がいいです。多少傷があるようですが、それでも、これはいい物ですよ」
　ブローチを見つめる、男の瞳が眇められる。
「それにこのスタールビーは、星模様がとても綺麗に出ています。輝きはちょっと足りない気がしますが、充分鑑賞に耐えられると思いますよ。奥様へのプレゼントに相応しいでしょう」
　男は正好に向かって、断言した。
「きっと、この星は全ての願い事を叶えてくれますよ。幸せになれます」
「え、本当ですか！？　そんな事が分かるんですか？」
「そう考えると素敵じゃありませんか？　夢があっていいでしょう？」
　一瞬、呆気に取られた正好の目の前で、男は悪戯っぽく片目をつぶってみせた。
　どちらともなく噴き出して、異国の地で出会った同郷の二人は大声で笑いあった。行き交う人達が不思議そうに視線を送っていく。

　そんな小さな出会いがあった、二十年前のフランスの街角。

（2007.12.30初出　2012.09.30再掲）

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