約束　3

　3月31日は朝から落ち着かなかった。
　まだ約束の時間まで、十二時間以上ある。
　新一に会いたい気持ちをやせ我慢した結果、快斗は遠足前の小学生のように落ち着きをなくしていた。
　スーツとマントにはちゃんとアイロンもあてたし、靴も磨いた。新一を楽しませるためのマジックのタネも用意したし、片眼鏡も念入りに拭いた。念のための雨具とレジャーシート、ハンカチとティッシュは忘れずに、おやつは300円までで、バナナはおやつに入らない。
「だー、違う違う！」
　クールで気障な怪盗キッドが、ポケットにバナナを忍ばせてどうする。
　途中で脱線した思考に髪を掻き毟り、快斗は自分の浮かれ具合に呆れ返る。呆れるが、それでも、ほとんど10分置きに時計を見てしまう。時計を見ては、針の進みの遅さに溜息が出てしまう。
　ようやく今夜、新一に会えるのだ。これが浮かれないでどうする。
　しかし、怪盗キッドはポーカーフェイスが売りだ。今夜は、怪盗と探偵が初めて会った邂逅記念日。黒羽快斗ではなく、怪盗キッドでなくてはならない。
　鏡を取り出して、快斗は緩んだ表情筋を引き締める。

　くるっぽー

　窓枠にとまっていた鳩が、飼い主の百面相に呆れたように鳴いた。



　23時30分。
　約束の一時間前だ。杯戸シティホテルの屋上で、快斗は怪盗キッドの衣装に身を包み、階段室の屋根の上で月を見上げながら、既に準備万端、約束の時間になるのを待っていた。少々風当たりは強かったが、気が昂ぶって寒さを少しも感じなかった。
　新一が屋上に現れたら、初めて会った時のように飛んで降りてこようかとも思ったが、時間が勿体なかった。一秒でも早く新一に会いたかった。
　会えたら、まず抱き締めよう。会えなかった時間と距離を想いに変えて、抱き締めるのだ。
　新一はきっと照れるだろう。照れ隠しに怒るだろうか。殴るだろうか。蹴るだろうか。
　そこまで考えて、喜んで恥らうという選択肢が思い浮かばない自分自身に、快斗は苦笑した。

　あと一時間

「早くお前に会いたいよ、名探偵」

　あの時とは違う、輝く満月を見上げて怪盗は小さく呟いた。

（2007.03.30初出/拍手邂逅記念SS）
（2007.07.29）
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