Brute10

Brute
10

　男達の目の前で、バイクは猛スピードで拳銃の射程距離から離脱していった。
「車で追うぞ、戻れ」
　リーダー格の男は走りながら別の場所で待機している応援を呼び、更に、自分達の車番をしている男へ携帯電話をかけた。しかし、コール音はするものの、車番の男は一向に出る気配がなかった。
「何をサボってやがる」
　舌打ちをする。しかし、男はどうして車番の男が電話に出られなかったか、すぐにその理由を身を持って知る事になった。
「な、何だ、これは!?」
　戻った車の周囲には、仲間の男達が物言わぬ死体となって折り重なって倒れていた。
　車にはおびただしい血が飛び散り、凄惨さを増している。視界の隅に光る物が映った。
「誰だ!?」
　振り返ると、ビルの影に男が一人立っていた。
　建物の影に隠れて、顔は見えない。しかし、外灯に照らされた手が赤く濡れているのが見えた。光ったのは、男が手にしている大型ナイフ。刀身を伝わり切っ先から滴り落ちているのは、赤い血。
　血まみれのナイフを持った男が一歩前に進み出た。
「こんばんは、いい月ですね」
　欠けた月の光と外灯の下に、人の形をした狂気がその姿を現した。
「死ぬにはいい夜ですよ」
　熱のない瞳が次の獲物を映して、笑みの形に歪んだ。

　予想していた車での追跡はなかった。黒羽はそれでも用心深く尾行がいないか確かめた。尾行はいないが、男達の仲間と思われる車を、数台見かけた。黒羽達には気づかずに、自分達が後にしたビル方面に向かっていく。完全に追手がいない事を確認してから、黒羽は一番近い隠れ家のあるマンションへ向かった。
　怪盗キッドの隠れ家の一つに、探偵を連れて行くのはまずいかもしれないとの意識は一応働いたが、男達の仲間がうろついている今は、それよりも身を隠すのが先決だと判断した。マンションの地下駐車場にバイクを停めた。
「降りてくれ。一旦隠れよう。名探偵？」
「あ、ああ。悪い」
　動こうとしない工藤を訝しんで、振り返る。野球帽の下から覗く顔が、いつもよりも白く見えた。寒空を疾走した所為だろう。
「寒いのか？」
「いや。別に」
　ぎこちなく笑って、工藤がタンデムシートから降りた。しかし、足元がふらついている。慌てて黒羽が横から支えた。
「名探偵、どうした？　大丈夫か？」
　工藤の身体を支えた手に濡れた感触があった。地下駐車場の濁ったライトの下、工藤に触れた自分の手を見ると、赤く濡れていた。
「お前、怪我してるのか!?　撃たれたのか!?」
「掠っただけだ」
　左脇腹を押さえて、工藤が口の端で笑った。滲んだ汗と青白い顔色が彼の虚勢を物語る。
「とにかく、部屋へ」
　工藤の身体を抱えるようにして、黒羽はエレベーターへ向かった。

（2008.03.16初出　2015.3.26再掲）

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