Brute14

Brute
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『･･･の路上で見つかった大量の血痕は、現在もその原因が分かっておりません。鑑定の結果、数名分の人間の血液である事は間違いないようです。警察が付近の病院などに問い合わせても、該当するような救急搬送の患者はおらず、事件性を考慮し捜査を進めている状況です』

　地名からして、恐らく夕べ組織の男達に囲まれたビル周辺だろう。追手がかからなかったのが、この血痕が理由とするなら、被害者か加害者のどちらかが工藤を追っていた男達という事になる。仲間割れでも起こして殺し合いをしたのか。死体も怪我人も居ないという事は、表立てない組織が全て片付けたのだろう。血痕までは間に合わなかったに違いない。

『昨夜はこの近くで怪盗キッドの犯行もあり、警察は関連を慎重に捜査しています』

　仲間からの連絡だったのか、キッドは携帯を切って、ニュースに見入っている。呟きが落とされた。
「一体、何が起こっているんだ？」
「殺人か、少なくとも傷害事件だな。しかも、連続とみていいだろう」
　情報が少なすぎて、何の推理も出来ない。工藤は分かりきっている事実を探偵としての推察で、冷静にまとめて現状確認するに留めた。
「キッド、オレは一旦警視庁に行く。この時間なら、奴らも下手に仕掛けてこないだろう」
「工藤、怪我は？」
「だから掠り傷だって言ってるだろ。お前が応急手当をしてくれたし、大丈夫だ」
　眉を顰めたキッドの、言葉以上に物言いたげな表情に苦笑する。
「分かったよ。警視庁に行ったら、ちゃんとその後に病院にも行く。警部達にもちゃんと怪我の事を報告する。それでいいだろう？」
「ああ」
　昨夜会ってから、キッドは時折マジシャンを名乗る自分の立場を忘れているんじゃないかと思うくらい、ポーカーフェイスができていない時がある。それが少し可愛いなどと思ってしまった事は、工藤は考えない事にした。そして、先刻の近すぎる距離については、今はもっと考えない事にした。キッドももう普段と変わらない。
「工藤、警視庁まで送っていく」
「いや、いい」
「でも、」
「バーロー、どこの世界に、警察に行くのに泥棒に送ってもらう探偵がいるんだよ。大丈夫だ、適当にタクシーを拾っていくから」
「財布は持っているのか？」
「忘れたのは、携帯だけだ。いいから、心配すんなっての」
「･･･分かった」
「この場所は黙っといてやるけど、多分警察の周辺の聞き込みの範囲になるだろうから、あんまり長居してるんじゃねえぞ」
「ああ」
　身支度を整えて、玄関に向かう。キッドの前を通り過ぎた時、無言で腕を掴まれた。強い力ではない。けれど、足を止めるには充分の強さだった。
　一瞬の静寂。
　工藤は探偵の顔でキッドを見つめた。
「離してくれ」
「気をつけて行けよ」
「分かってる。オレよりも、お前の方こそ狙われてんだろ。自分の心配しろ」
「ああ」
　多分、言いたい言葉を飲み込んで、キッドが腕を離した。工藤も今はどんな言葉をかけられても、言うべき言葉を見つけられないので、安堵する。
「じゃあな」
　部屋の扉を閉めて、キッドの見つめてくる居たたまれない視線から逃れた。
　降下するエレベーターの中で、工藤は触れなかった熱を覚えている唇に指を当てた。心臓の音がうるさいほどはっきりと聞こえる。けれど、その意味を考えないように眼を逸らし、一階にエレベーターが着いた時には、工藤は探偵の顔に戻っていた。

（2008.03.16初出　2015.8.31再掲）

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