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窓を閉じて下さい | |
| 天に祈りを 10 |
| 新一は監禁されていた部屋から出た。風間達の会話の内容からして、キッドに協力させようとしているのは、伊勢崎専務を陥れるための策略だろう。目的の宝石を手に入れるためとはいえ、新一はキッドに、どこにでもいる普通の犯罪者と同じような事はしてもらいたくなかった。彼の芸術的ともいっていい盗みの技術は、キッド本人がこだわりと信念を持って目的の為に発揮するためのものだ。他者の薄汚く醜い欲望のために、汚されるのは我慢ならなかった。 キッドの行動を止めるためには、階を移動しなければならない。 風間は伊勢崎の失脚を狙っていた。恐らく、盗み出させようとしているのは、伊勢崎の持っている何かに違いない。 伊勢崎のオフィスは、新一が今いる展示室のあるフロアの二つ下の筈である。しかし、階を移動するためにはパスワードが必要だ。キッドならともかく、現在の新一にはパスワードを知る術がなかった。 しかし、と新一は考え直す。怪我の痛みに鈍麻しているとはいえ、推理をするために動き出した脳細胞は、冷静な判断を下す。 このまま、笠原と風間を放っておくわけにはいかない。犯した罪は裁かれなければならない。 探偵である自分が、優先順位を間違えるわけにはいかなかった。 新一は先に風間のフロアに行く事を選んだ。どちらにしろ、階下へ移動しなければならない。そのための手段は限られていた。その手段である階段室への扉もエレベーターも、パスワードを必要とする電子ロックがかかっていた。 これを突破するための方法はいくつかあった。しかし、新一の推理が間違ってなければ、あまり時間的余裕はない筈だ。できれば、穏便に済ませたかったが、そうもいかないらしい。 新一があまり穏便でない方法を実行するために、周囲を見回している時だった。 目の前のエレベーターが動きだし、下から上がってきた。 急いでエレベーターの脇に置いてある、大人の背丈ほどの観葉植物の影に隠れた。 チャイムがエレベータの到着を軽快に告げた。小気味良い音と共に開いたエレベーターから降りてきたのは、秘書の笠原だった。 降りてきた笠原は、迷いなく新一が放り込まれていた倉庫部屋に足を向けた。その足取りは妙に軽い。彼が向かう先は、新一が隠れている場所からは反対側になる。 笠原が背中を見せた隙を、新一は逃すつもりはなかった。新一は観葉植物の影から飛び出し、問答無用で自慢の脚力で蹴りを放った。 新一の革靴の爪先が、正確に笠原の側頭部を狙う。狙いにヒットする直前に、笠原の身体が沈んで、新一の強襲を躱した。 笠原は軽いフットワークで次の攻撃に備えてすぐに新一から距離を取り、振り向いて体勢を立て直した。 「っぶねー」 笠原はいつもの気弱そうな態度に似つかわしくない、飛び抜けた反射神経と不敵な笑みを見せた。それを受けて、新一も口の端に笑みを刻んだ。 互いを互いの瞳に映す。笠原の顔をした男から、笠原とは違う声が発せられた。 「相変わらずおっかねーな、名探偵は」 「やっぱり、お前、キッドか」 「そういう事。って、やっぱりって言うからにはは、最初からバレてたのね。でも、もし本物の秘書だったら、今の蹴りは避けられなかったぜ。あんなのまともに喰らったら、死ぬって。名探偵はもうちょっと自分の蹴りの威力を考えた方がいいぜ」 「だから、お前だって分かっていたからやったんだ。本物の笠原さんだったら、こんな真似しねーよ」 「うわー。言ってくれるよ。本当に、名探偵はオレに対しては鬼だよな」 「犯罪者に優しくしてどうする」 「オレとしては、もっと優しくして欲しいけどね。そうしたら、仲良くなれるのに。イロイロとね」 含みのある視線で見つめられ、らしくもなく新一は動揺した。勿論、そんな心情が表情に出る事はなかったけれど。 「バーロー。バカな事を言ってるんじゃねえよ。探偵と怪盗が仲良くなってどうするんだ」 妙に様になる仕草で、キッドが肩を竦めた。しかし、すぐに表情を改めて、キッドは笠原の顔のまま新一の顔を覗き込んだ。 「それよりも名探偵、怪我は大丈夫なのかよ」 「あ、ああ、大した事ねえよ」 本物の笠原が処置をしてくれた包帯に手を当てた。傷の痛みはあるが、それだけなので大事はないだろう。笠原の顔ではあるが、気配はキッドのそれなので、覗き込まれ妙に落ち着かなくて、新一は視線を逸らした。 「ところで、笠原達はどうした？」 それ以上、キッドが余計な事を言い出さないうちに、新一は話題を修正した。 （2008.10.19初出 2013.03.16再掲） |
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