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窓を閉じて下さい | |
| 天に祈りを 16 |
| 事件も収束して、快斗は工藤の容態が気になっていた。大した事はないとはいえ、怪我をしたのは頭である。精密検査と休養を兼ねて、工藤は警察病院へ入院となった。事件の証人でもある為、警察官の警備がついた。場所が場所だけに、安全は確保されている。快斗も無理にそこを突破してまで、様子を見に行く事はしなかった。次の標的の下調べなど、快斗もまた多忙であった。 同じく怪我をしている、笠原も風間も入院になった。二人とも治療が終り怪我が治れば、退院の時点で改めて警察に逮捕されるだろう。工藤も関わっている事でもあるし、時効になっていない事件も含めて、これから全てが解明されていくだろう。 昨日、全ての検査を終えて、工藤は退院した。元気な姿を一目見れば、自分の気持ちも落ち着くだろうと思い、快斗はこっそりと米花町へやってきていた。昼間も大学の教室を覗いたりしたのだが、どうもタイミングが合わないようで、工藤の姿を捉える事が出来なかった。気がつけば、すっかり日も暮れて、工藤はいつの間にか帰宅していた。 工藤邸の前で、明かりのついた窓を見上げて、快斗は逡巡する。恐らく、元気なのだろう。姿は確認できなかったが、さり気なく聞き込んだ結果、工藤の元気な様子しか話に聞かなかった。怪我の後遺症もないらしい。すっかりストーカーじみてしまった我が身を振り返って、快斗は苦笑する。今日の所は、これで満足して帰るべきだろう。快斗はくるりと踵を返した。 しかし、それから数時間後、快斗は再び工藤邸に舞い戻っていた。怪盗キッドの姿で寝静まっている洋館の屋根に降り立ち、ストーカー極まれりの我が身を振り返って、再び溜息をついた。冬の空気に白い息が広がって、消えた。 やはり、工藤の顔が見たかった。寝顔でも見れば、少しは自分の気持ちも落ち着くだろう。一週間後に大阪で展示される宝石を盗む為に、明日から東都を離れる予定である。この機会を逃すと、またしばらく工藤の顔を見る事が出来ない。 重症だと思いつつ、それでもここまで来て引き返すつもりもなく、快斗はベランダに降り立った。音も立たない。翻るマントだけが風の在処を教えてくれる。真冬の月は皓々と寒々しく、怪盗のシルエットをベランダに落とした。 ベランダから部屋に入るガラス戸には鍵がかかっていたが、怪盗キッドにとっては何の問題もなかった。音を立てないように細心の注意を払いながら、ガラス戸を開けた。夜風がカーテンを揺らす。 既に日付は明日が今日に変わっていた。 工藤新一はベッドで眠っていた。快斗は静かに近づき、覗き込んだ。幸いにも今夜は満月で、月明かりだけでもかなり明るかった。夜目の利く快斗には、それだけで十分だった。 工藤の頭部にはもう包帯は巻かれていなかった。自分ではずしたのかもしれない。怪我人扱いされるのは心外だと、名探偵なら強がりそうだ。 月の青い光の下で、工藤は穏やかに眠っている。工藤の顔に、月光が睫毛の影を落としていた。 目覚めている時は凶悪な探偵も、寝顔は無防備だった。あどけなくすら見える。以前、自身の衝動に負けて、その唇に触れた。触れるだけのキスで我慢した自分の紳士度は自慢であり、だが時折口惜しくもあった。 顔を見れば落ち着くかと思ったが、逆効果だった。 寝込みを襲うなど怪盗紳士の所行ではないので大却下である。何とか理性を総動員して、触れたいという衝動を押さえ込んだ。 先日の事件の後遺症は、自分で思っていたより重症のようだった。 血を流し、倒れている工藤を見た時、心臓が止まりそうになった。喪失の恐怖に心臓を鷲掴まれ、それは今でも痛みを訴えている。 父を喪った時の真っ黒に塗りつぶされた感情は、今でも快斗の腹の底に蟠っている。それは、多分一生消える事はない。 快斗は唇を噛み締めた。 「･･･なんて顔してやがる」 突然、声をかけられ、自分の内面に意識が向いていた快斗は動揺した。眠っていると思っていた工藤が、あの全てを見透かすような双眸で快斗を、怪盗キッドを見つめていた。 （2008.10.19初出 2013.06.14再掲） |
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