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窓を閉じて下さい | |
| 天に祈りを 6 |
| 「工藤探偵の処理は、私の仕事が終ってからにしていただきたい」 「何故だ？ 前報酬として、このガキを先に処分してもこちらは全然かまわんぞ」 「私はレトロな泥棒なんです。泥棒を生業とする者達は、大抵それぞれジンクスを持っています。縁担ぎと言ってもいい。私の場合、仕事の前に血を流さないというのが鉄則です。警察を含め、私に関わる人間で、仕事前に人死にが出た場合、大抵その仕事につまらないケチがつきます。私としては非常に不愉快です。なので、今回も同じようにしたいと思います」 「縁担ぎの為に探偵の処分は、お前の仕事が終ってからにしろという事か」 「そうです。私は仕事に万全を期したい。下準備から、ジンクスも含めてね。仕事が無事に終りましたら、その時点で工藤探偵の事は好きに処理していただいてかまいませんよ」 「ふん、まあ、いいだろう。言うとおりにしてやる。他に何かあるか？」 「いいえ、何も」 新一は薄目を開けて、様子を窺った。ドアの所に、風間が立ち、笠原の靴が新一のすぐ近くに見える。少し離れた所に、見覚えのある白い姿が立っていた。キッドが行動を起こさないところを見ると、恐らく笠原は何らかの凶器を持っていて、それを新一かキッドに向けているのだろう。キッドの様子から考えて、凶器は新一へ向けられている可能性が高かった。 風間達に気づかれないように視線を上げると、白いマントと片眼鏡をつけた横顔が見える。片眼鏡の下で、目が動いた。一瞬だけ、ちらりと新一に視線が送られた。すぐに目線は戻ったが、新一が覚醒している事に気づいたに違いない。それぐらい目端が利かなくては、怪盗の名が廃る。 その後、新一が意識を失っていると思っている風間に容赦なく蹴られた。咄嗟に腹筋を締めて、ダメージの軽減を図った。勿論、風間には気づかれていない。床に転がった状態で、今覚醒したばかりという演技をしながら、目を開けた。風間と笠原の足の向こうに立っているキッドの姿が見えた。新一の視線を感じたのだろう、声を出さずにキッドの唇が動いた。背後にいるキッドの動きに、風間達は気づいていない。工藤はキッドの唇の動きを読んだ。 ジ カ ン ハ カ セ イ ダ ニ ゲ ロ 状況はよく飲み込めなかったが、自分の命が危険に晒されているのは分かった。キッドが風間から何らかの仕事を請け負い、その報酬として自分は殺される。言い出したのは、風間か。探偵と怪盗という対立関係から考えれば、キッドに与える報酬として、目障りな探偵の処分を提示するのは妥当だろう。 風間が、新一とキッドの関係を単純な敵対関係と認識しているなら、そう思わせておく方がいいだろう。 新一は初めて気がついた振りを続けながら、起き上がった。 「これは、どういう事ですか？ 風間専務。貴方は怪盗キッドとグルだったんですか？」 「なに、商売上の取引が成立しただけだ。笠原、連れて行け」 「はい」 キッドは何も言わなかった。展示室を出るために彼の前を通り過ぎる時、その顔を見た。新一の視線に怯む事なく、キッドは片眼鏡越しに見返してきた。泥棒のくせに真っ直ぐな双眸が小気味いい。自分達はいつだって、逸らす事なく真っ直ぐに視線を戦わせてきた。端から見れば、睨み合っているように見えただろう。 探偵と泥棒。追う者と追われる者の敵対関係。 しかし、誰にも理解されなくても、自分達はそんな分かりやすい関係ではない。探偵と怪盗、追う者と追われる者ではあるけれど、それだけではない。状況によっては互いに協力し合い、場合によっては怪盗は何度も探偵の窮地を救った事もある。 過去の邂逅の記憶を天井に映して、新一は痛みを逃すように、大きく息を吐いた。 「それに、あいつは･･･」 以前、事件で関わった時、キッドは新一の唇に触れていった。多分、一般的にはキスと言う。 「っ」 感触まで思い出して、鏡がないからはっきりとは分からないが、新一は自分の顔が赤くなっている自覚があった。 キッドは以前、何を血迷ったのか、新一に「好きだ」と言い、キスをしていった事があった。多分、冗談ではない。冗談にしては、触れるだけのキスは優しくて、温かかった。 「〜〜〜」 あの後、何度か思い出して、恥ずかしくて死にそうになった。絶対に次に会ったら殴ってやろうと思っていたのに。殴る筈の腕は、今は後ろ手に縛られている。これでは殴れない。 しかし、新一が今すべきは、怪盗を殴る事ではない。まず、新一が何よりも優先させる事は、この場所からの脱出である。 新一は頭を一つ振って、意識を切り替えた。 （2008.10.19初出 2013.01.12再掲） |
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