Hide-out4

Hide-out
4

　頭上で枝と葉が重なる木々のトンネルを抜けると、開けた場所に出た。多分、そこが新一の目的地であり、その屋敷の為に整地された場所なのだろう。家までの道にレンガが敷かれて、歩きやすくなっていた。レンガは割れているものや欠けているものが多く、レンガとレンガの間からは雑草が顔を覗かせていた。しかし、歩けないほどではない。
　新一は森の中に忽然と現れた洋館を見上げた。
　軽井沢などでよく見かける別荘のような作りだった。小さくはないが、大きいというほどではない。程よくまとまった外観だった。蔦が壁全体を覆っていて、全ての鎧戸は閉まっており、人の気配を感じさせない。羽音に顔を上げると、先刻の鳥なのか、白い鳥が一羽、屋根裏部屋と思しき洋館の一番高い小さな窓から中へ入っていった。
　新一は玄関へ向かう前に、屋敷の周りを一周歩いてみた。雑草が生い茂っている。特に草が踏み倒されている形跡はなかった。しかし、何か違和感があった。はっきりとした認識は出来なかったが、新一の探偵としての勘が告げる。
　ここに誰かが居る、と。
　新一は玄関に戻り、数度扉をノックしたが返事はなかった。ドアノブに手をかける。回った。
　静かに扉を押し開けた。窓はきっちりと鎧戸まで閉められているので中は薄暗かった。窓の隙間からの太陽光が細い筋となって床に落ちている。光の筋の中に、新一がドアを開けた事により舞った埃が見える。新一は扉を大きく開いた。その分だけ光が増えて、屋敷の中が明るくなった。
　玄関ホールは静まり返っていた。正面奥に扉が一つ。その左右に階段が二つあり、二階へ通じている。
　あまりの静かさに、声をかけるべきか躊躇する。それでも、一応新一は声を張り上げた。
「すみません、誰かいませんか？」
　応える者はなく新一の声は虚しく響いて、壁に当たって砕けて落ちた。
　新一は扉を開け放して、様子を窺いながら、屋敷の中に数歩進んだ。
　突然、人の気配が降ってきた。新一の背後、外への扉との間に誰かが降り立った。
「動くな」
　とっさに振り返ろうとした新一の動きを、低い声と背中に押しつけられた硬い感触が牽制する。扉からの光で出来た新一の影に、もう一つ影が重なっている。身長は同じくらいの男のようだった。
「荷物を降ろして、両手を挙げろ」
　背中に押し付けられた物が本物の銃口であるかどうかは、分からない。しかし、偽物の保障もない。新一はおとなしく右肩のディパックに手をかけた。しかし、男の言う通りに下に降ろすのではなく、代わりにディパックを上へ放り投げた。
「!?」
　同時に自分の身体は下に沈める。上下に分かれた荷物と身体に一瞬だけでも、銃の照準が迷えば勝機はあった。床に手を付き、背後に足払いをかける。新一の長い脚の一撃は当たったが、相手にうまく力を流され、倒す事は出来なかった。それでも、バランスを崩した隙を逃さず、新一は手刀を繰り出した。
　狙い違わず男の手にした拳銃を弾く。乾いた音を立てて、回転しながら拳銃が床を滑っていく。銃さえなければ、当面の危険は去る。次の武器を出される前に、扉側を背にした逆光の中にいる男に固めた拳を突き出した。タイミングとしては悪くなかった筈だが、男は流れるような動きで、新一の攻撃を紙一重でかわす。扉の前から退いた影に、新一はその横をすり抜けて屋外に脱出しようとした。
　相手が誰だか分からないが、いきなり銃を突きつけてくる相手がまともな人間であるわけがない。こんな森の中の一軒家では大声を出しても、助けは期待できない。とにかく外に出て走るしかない。
「おっと、逃がさないぜ」
　あと一歩で扉の外へ出られると思った瞬間、左手首を掴まれ、そのまま力任せに引きずり戻される。先刻とは反対に、今度は新一が両足を払われた。
「わっ」
　新一の身体は扉とは逆の床に投げ出され、男が扉の前に再び立ちはだかる。男の手には先ほど床に転がった拳銃が戻っていた。
「え？」
　普通の銃の形状にしてはいささか歪な白い銃身に、新一は見覚えがあった。向けられた銃口から視線を上げて、腕を辿り肩を過ぎ、自分を床に投げ出した相手の顔を新一は見た。
「お、お前、新庄功!?」
「名探偵か!?」
　確かに男の顔は、俳優の新庄功のものだった。だが、その口から出た言葉が相手の正体を物語る。以前にも、新一はこの俳優の姿を借りた男と対峙した事がある。尤も、その時は、新一は今の姿ではなく、黒縁眼鏡の小学生の姿をしていたが。
「怪盗キッド、何でここに!?」
　銃を突きつけられているのも忘れて、新一は立ち上がろうとした。しかし、それよりも早く新庄の変装をしたキッドが、新一の顔に懐から取り出したスプレーを噴霧した。
「･･･キッ･･･」
　まずいと思ったのは、催眠ガスを吸い込んだ後だった。意識を失う瞬間まで、新一は新庄の、キッドの顔を睨みつけていた。
　意識を失い、力なく崩れる身体を新庄の腕が抱きとめる。
「〝何でここに〟か。ったく、それはこっちの科白だぜ、名探偵」
　銃をしまい、気を失った新一の身体を抱き上げる。
「よりによって、何でお前がここに来るんだ･･･」
　怪盗の苦しげな呟きは、意識を失った探偵の耳には届かなかった。

（2007.03.18初出　2009.11.15再掲）

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