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窓を閉じて下さい | |
| Hide-out 8 |
| 新一は熱めのシャワーを勢いよく頭から浴びていた。 もうすぐ日付が変わろうかという時刻。この洋館に今いるのは、新一一人だけだった。 水流に顔を打たせながら、薄く開いた瞳に思い浮かぶのは、今はここにはいない怪盗の昏い瞳だった。 監禁宣言をしてから、食器を片付ける怪盗に新一は食って掛かったが、相手にされなかった。 「分かっているのか、これは立派な監禁罪だぞ」 「まあね。でも、オレってば国際指名手配の超有名犯罪者なわけで、今更罪の一つや二つが増えたからってどうって事はないね。幸い、名探偵は普段から多忙でよく連絡が取れなくなるみたいだからね。二、三日消息不明になっても誰も何も心配しない。助かるよ」 新庄の気障ったらしい顔が皮肉な笑みを刻む。しかし、その瞳は少しも笑っていなかった。 「とにかく、お前を帰すわけにはいかない。その理由も話せない」 「そんなんで、納得できると思ってんのかよ」 「納得してもらおうなんて、これっぽっちも思ってないぜ。名探偵が納得しようがしまいが、ここから外には出さない。それだけだ」 「ふざけるな！」 新庄の顔をしたキッドの胸倉を掴もうとしたが、逆に腕を取られて背中に捻り上げられた。ダイニングテーブルに身体を押さえつけられる。 「いい子だから、おとなしくしていてくれ。乱暴な事はしたくねえんだ。首輪はムカつくだろうけど、我慢してくれよ。それを付けていてくれれば、この家の中なら自由に動き回れるんだからさ。オレとしては手錠と足枷で完全に動けないようにしちまった方が安心なんだけど、でも、それじゃあ窮屈だろ？」 「変態！」 「何とでも言え」 「っ痛」 捻られた腕に力が込められ、軋む骨に新一の顔が歪んだ。背中にかかる重さが増して、低く苦い声が耳元に落とされた。 「こんな所まで来たお前が悪いんだ」 押さえつけられていた力が不意に消える。新一が身体を起こした時には、怪盗はいつもの飄々とした雰囲気を纏っていた。 「水も電気も来ているから、風呂や台所は適当に使ってくれて構わない。窓は完全に締め切って打ち付けてあるから、開けようとしても無駄だ。この家の中なら、その首輪は反応しない。でも、あんまり外に近い所に行くと反応するかもしれないから、気をつけてくれ。大したもんはねえけど、冷蔵庫に食材が入っているから適当に食ってくれ」 怪盗はエプロンをはずして、綺麗に畳んでテーブルに置いた。 「誰か来ても絶対にドアは開けるな。助けを求めようとしても無駄だ。監禁する人数が増えるだけだ」 「お前は帰るのか？」 「淋しい、新ちゃん？」 しなを作って、新一の母親の声真似をする怪盗を無視した。手の内を見せない相手に正面からぶつかるのは、労力の無駄だ。新一の無反応に、怪盗は口を尖らす。 「ノリが悪いな、名探偵は。心配しなくても、明日の夜にはまた顔を出すよ。だから、それまでは頼むから、おとなしくしていてくれよな」 そうして訳の分からないまま、怪盗は去り、探偵は一人残された。 寝室に戻ると、新一の荷物が置かれていた。怪盗の言葉どおり、携帯電話とノートパソコンはなくなっていた。尤も、携帯電話はこの山深い場所では電波が届いているかは怪しかった。 屋敷内の物は自由に使っていいと言われていたし、もとより遠慮する気もなかった。新一は面倒ではあったが、それでも汗まみれの身体が気持ち悪くて、バスルームへ足を向けた。 昼間山道を歩き回り、その後キッドと格闘した汗を熱めのシャワーでゆっくりと洗い流す。怪盗はご丁寧にも、バスタオルまで置いていった。普段ならばそんな細かい気の使い方に、苦笑の一つも出るところだろう。しかし、今日はそんな気にはなれなかった。バスルームから出て洗面台の鏡に映る自分を見て、唇を噛み締める。 首の周りを囲む銀色に光る金属の輪。それは新一が怪盗キッドの虜囚である証だ。探偵が怪盗に捕まるなど本末転倒だ。いや、何より、首輪を付けられた事よりも、彼がそんな行動に出たという事実に傷ついていた。 探偵である自分は、確かに怪盗とは相容れない立場である。しかし、幾度となく対決して培ったのは、敵愾心だけではない筈だ。 あくまでも、人を傷つけないスタイルを貫くレトロな怪盗を気に入ってもいた。服部や他の人達に感じるのとは違うけれど、怪盗と探偵の間に友情に似たものが横たわっていると感じたのは、では新一だけだったという事なのだろう。 行き着いたその答えは、新一の内面に認めたくないさざ波を呼ぶ。 裏切られたと傷つく事すら傲慢かもしれない。ただ認識が違っただけなのだ。 新一は一つ溜息をついて、乱暴にバスタオルで頭を拭いた。 （2007.03.18初出 2009.11.22再掲） |
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