respect10

Respct！　10

　江戸川コナンの姿でさえたった一人で銃を持った７人もの傭兵相手に大立ち回りを演じ、新一は全て沈黙させてしまったのだ。いくら利用できる鈴木次郎吉特製の対キッド捕獲用仕掛けがなくても、侮る訳ではないが、たった二人の傭兵に遅れを取る筈もなかった。しかも、前回の飛行船の時と違って、今回は一人ではない。黒羽快斗という味方が一緒だった。
　黒羽のカウントダウンで反対方向に飛び出した二人に対し、男達の銃は狙いを定めきれない。その一瞬の迷いが重要だった。どうせすぐに、男達はどちらが対象者か分からないなら、二人とも殺せばいいという、ひどく身勝手でシンプルな犯罪者の真理に辿り着くだろう。その考えに到達する前に、先手必勝、先制攻撃を仕掛けられるチャンスが重要だった。
　新一は拾っておいた鉄パイプを、男に向かって回転するように投げつけた。男は、正確な射撃で鉄パイプを弾いた。しかし、男が持っているのはポンプアクション式のショットガンである。次の射撃に移るには、チューブマガジン内にある弾を、フォアエンドを前後させてチェンバーに送り込まなければならない。新一にとって、その動作分の時間が稼げれば、十分だった。
　男が弾を装填する僅かのタイムラグで、新一は落ちていた塗料を入れていたらしい金属の18リットル缶をサッカーで鍛えた脚力で打ち出した。
　男は埃を巻き上げ、自分を目がけて飛んでくる金属缶をぎりぎり避けた。だが、その間に、新一自身が男との距離を詰めていた。
　ショットガンは至近距離では小回りが利かずに、不利だ。男はショットガンを投げ捨て、腰に付けていた拳銃に手を伸ばした。しかし、彼の指が拳銃に届くより早く、新一の膝蹴りが男の腹部を直撃した。
「ぐっ」
　多少のダメージは与えたが、厚いライダースーツに阻まれた。すぐに新一はローキックで男の体勢を崩し、頭が落ちたところで回し蹴りをヘルメットごと側頭部に叩き込んだ。勿論、多少の手加減はしてある。新一が本気で黄金の脚力で蹴れば、最悪の結果を招く場合もあるだろう自覚はあった。
　男は新一の蹴りの衝撃で、床に倒れ込んだ。ヘルメットのバイザーが砕けて、見えた男の顔は白目を向いて鼻血を出していた。
　新一が振り向くと、黒羽は既にもう一人の男を縛り上げ、近くの資材の上に座って、楽しそうにひらひらと手を振っていた。

　新一と黒羽の連携で、男達を捕らえる事が出来た。そこら辺に落ちていたロープで、手際よく黒羽が男達をまとめて後ろ手に縛る。念の為、足も縛って床に転がした。
「さて、聞きたい事があるんだが」
　フルフェイスのヘルメットを外されて、男達はふて腐れていた。二人とも、藤岡ではなかった。真っ直ぐに見下ろす新一の視線から、顔を逸らした。
　新一は二人に見えるように手紙を取り出し、その目の前に突きつけた。
「お前達は誰を狙っていたんだ？　この発信機の仕込まれた手紙はお前達が出したのか？」
「･･･オレ達は、その手紙を持っている奴を襲えと言われた。小学生が持っている筈だと言われたが、もし違っていてもかまわないと。とにかく、今の時点でその手紙を持っている奴を襲えと言われた」
「誰に？」
「それは、言わなくても分かると言われている」
　微妙な言い回しに、新一が眉を寄せる。
「それは、つまり、他の事は言っていいと言われているのか？」
「そうだ。手紙を持った奴を襲え。もしも、返り討ちにあったら、そいつに伝えろと」
「何を？」
「東都スカイツリー」
「そこに、お前達の雇い主がいるのか？」
「知らん。ただ伝えろと言われた。ただし、これを警察に言えば、本物の花火が東都のどこかで上がるとも言っていた」
　新一は手紙に視線を落とした。手紙の文面は「来い」の一言だけ。手紙と、襲撃犯の二つが揃わない限り、メッセージは完成しないという事だったのか。
「で、どうするんだ？」
　用の済んだ襲撃犯達に目隠しと猿ぐつわを噛ませ、気絶させた黒羽が新一に訊いた。
「決まってるだろ」
「行くのか？」
「ああ。そこに藤岡がいる保証はない。こんな不確かな情報で下手に警察を向かわせて、逃げられても困る。それに、警察に言ったら爆弾を爆発させるなんて、露骨な脅しをされたら、逃げる訳にはいかないだろ。売られたケンカは買ってやるよ。こんな馬鹿げたゲームはさっさと終わらせたいしな」
　黒羽が腰に手を当てて、溜息をついた。
「名探偵は、どうしていつもそうなんだろうな」
「何が？」
「わざわざ相手の土俵で戦う事はないだろうって事だよ。もっと目暮警部とか警察の力を借りればいいじゃん」
「勿論、借りるさ。最終的に、藤岡を捕まえるのは警察の仕事だ」
　何を言っているんだと、さも当然そうな顔で新一は答えた。新一にとって、藤岡から指名されただけであり、事件を一人で背負い込んでいる自覚はない。
　黒羽は頭痛に耐えるような顔をした。
「分かった。別に一人で来いって言ってるわけじゃないだろ。オレも行く」
「いや、お前はダメだ」
「何でだよ？」
「藤岡は、多分オレと、いや江戸川コナンと対決したいんだ。あの飛行船の上での対決の再現だ。コナンはいないけど、奴は代わりに手紙の受取人を代役に選んだ。多分一人で行かなければ、奴は爆弾を爆発させる。だから、オレ一人で行く」
　それが探偵である工藤新一の矜持だ。
　黒羽は、本日何度目かの大きな溜息をついた。
「分かった。なら、スカイツリーまで送っていくよ。それならいいだろ」
「ああ。そうだな。送ってもらえたら、助かるぜ」
　新一はにっこりと笑った。笑顔を向けられた黒羽の、複雑そうな表情の意味など全く考えもしなかった。

（2010.8.22初出　2024.05.31再掲）

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