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窓を閉じて下さい | |
| Summer Memorｙ 10 |
| 女の声は新一の指輪から響いた。 「え？」 銀細工の指輪の蛇の目が輝いている。蛇が鎌首を擡げ、口を開いた。口の中に小さな火球が生まれる。空中に吐き出されたそれは、瞬時に大きくなり、紅連の炎は人へと姿を変えた。 「小泉さん!?」 艶やかな黒い髪をなびかせ、何のステージ衣装なのか、露出度の高いコスチュームでその完璧な肢体を包み、小泉紅子は炎の球から顕現した。 「おい、キッド、これは一体何の撮影だ？」 「さあ、何だろうねぇ」 キッドも展開についていけないのは新一と同様らしく、半眼で笑っている。 「お前は何者です!?」 「あなたごとき下賤な魂に、名乗る名などありませんわ。汚らわしい。下がりなさい。死者は冥府に、墓土は墓場へ、在るべき場所へお戻りなさい」 冴え冴えと言い放ち、紅子の手にした杖にデザインされた蛇が炎を吐いた。 新一は腕を上げて、熱気を避けた。 「おー、すげえな。今時の特撮って全部ＣＧかと思ったけど、結構金かけてるな。本当に熱いぜ」 「あー、そーだなー」 魔女と亡霊の戦いは、生者と死者の力の差なのか、それとも紅子曰く魂の格の違いなのか、決着はあっさり着いた。 紅子の炎に巻かれた黒ドレスの貴婦人は、断末魔の叫びを上げる。紅蓮の業火の中で、彼女は、彼女の作り出したメイド達と同じように土に変わった。断末魔の貴婦人の姿をした土くれはぼろぼろと崩れ落ち、その上に例の首飾りが乗っていた。 「おお」 新一は感嘆の声を上げ、拍手を送った。隣でキッドが額に手を当てている。紅子が嫌そうな顔をした。 「何を悠長にしているのかしら。早くこの首飾りをお取りなさい。ロザリオを持っている、あなただけが出来る事よ」 「ああ、そうなんだ」 新一はロザリオを包んだハンカチを取り出し、首飾りを拾い上げ、一緒に包んだ。 風が空を覆っていた雲を払い、優しい月明かりが世界を包むように広がった。気づけば、屋敷は跡形もなく、そこは森ですらなかった。 新一達が立っていたのは、墓地の真ん中だった。 「よく分かりませんが、助けていただいたようで、お礼を言いますよ、お嬢さん」 キッドが紅子にシルクハットを脱いで、頭を下げた。紅子は髪を払い、顎を反らした。 「別に、あなたの為でも、そちらの探偵さんの所為でもなくてよ。人の庭先を土足で踏み荒らすような失礼な輩にお仕置きをしただけですわ。これに懲りたら、これからは邪神ルシュファーの予言に敬意を持って耳を傾けるのね」 紅子が持っていた杖を一回転させると、杖は箒に変わった。鮮やかな手並みで、新一にはタネが分からなかった。魔女と自称していたが、それは芸名のようなもので、恐らくキッドのマジシャン仲間なのだろう。 紅子の白いしなやかな手が、すっと新一に向けて差し伸べられた。 「ご苦労様。もういいわ。お戻りなさい」 紅子の言葉に従うように、新一の薬指に填っていた銀細工の蛇はとぐろを解いた。銀の身体に月光を弾きながら、飼い主に走り寄る犬のように宙を泳いで、蛇は紅子の手に戻った。するすると彼女の薬指にはまり、蛇はまた銀細工の指輪に戻った。 紅子は重力を無視して、宙へ浮いた箒へ腰掛けた。ちらりと新一とキッドを見比べる。 「首飾りはそのロザリオと共に在れば、問題はないわ。でも、言っておくけど、首飾りの呪いの残滓があなたの身体には残っている。力が入らなくて気分が悪いのは、その証拠よ。時間が経てば治るものではなくてよ」 「それでは、どうすれば、これは治りますかな、聡明なお嬢さん？ もし、ご存じでしたら、お教えいただけませんか？」 「呪いの闇を払うのに必要なのは、光。言うまでもないでしょう。後は、あなたがどうやって目覚めたのか、その探偵さんに聞いてみる事ね」 つまらなそうに言い捨てると、どういう原理か、紅子の乗った箒は音もなく滑るように動き出した。まるで本物の魔女のように、箒に乗った紅子は呆気に取られた二人を置いて、夜空へ消えた。 「えーっと、とりあえず、言いたい事は色々あるだろうけど、あいつの事は横に置いておこう。それで、名探偵、どうやってオレを起こしたんだ？」 振り向いたキッドの顔をまともに見られずに、新一は首まで真っ赤になりながら、顔を背けた。 （2008.08.15初出 2020.1.28再掲） |
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