 |
窓を閉じて下さい | |
| Stray Sheep 8 |
| 夜は賑やかな飲食店と風俗の街に変わる場所も、昼間は祭りの後のように閑散としている。電柱や壁に貼られたローンや風俗のチラシが破れかけている。それらが風に揺れる様が、余計に寒々しく感じられた。 商業区域の一角。複数の店舗が入っている５階建ての雑居ビルに、宇津鳥組の事務所があった。狭い場所に立っているビルで、３階を宇津鳥組が占めていた。部屋は二部屋しかなかった。組員達がいる部屋と、組長の部屋。全部で７人、先日一人死んで欠員になったので、今は６人の組には十分な広さだった。 組長の部屋を窺いながら、４人の男達が頭を突き合わせていた。ついさっきまで、昨日も怒鳴られた失敗を再び怒鳴られ、今日こそは失敗するなと組長から釘を刺されたばかりだった。 男の一人が、忌々しそうに持っていた写真をテーブルの上に飛ばした。隠し撮りのような写真に写っているのは、一人の高校生だった。彼らの目的の人物である、高校生探偵の工藤新一だ。 「おい、どうする。今日はもう失敗できねえぞ。オヤジ、完全にトサカにきてやがる」 「分かってるよ。大体二日も続けて、ガキに出し抜かれてたまるかよ」 「学校も自宅も分かってる。どっちにする」 「ガキなら、この時間は学校だろ」 「いや待て。今日は土曜日じゃねえか？ 学校って土曜日は休みじゃなかったか？」 「まともに通ってねえから分かんねえや」 「めんどくせえ。家に行って、居なけりゃ学校に行ってみりゃいいじゃねえか」 「そうだな。ったく、西澤のヤロー、裏切っただけじゃなく面倒くせえ事まで残しやがって」 「誰だよ、あのバカを逃がしたのはよ」 「オレの所為だっていうのかよ。腹撃たれて、動けるとは思わなかったんだよ。それにもともとは、一発で仕留めなかったのが悪いんだろ」 「何で縛っとかなかったんだよ」 「逃げ回るのが面白えってオヤッさんが言ったんだから、仕方ねえじゃねえか」 一向に終わる気配のない、愚痴のような言い合いに、鋭い声が飛んだ。 「おめえら、ごちゃごちゃうるせえぞ。さっさと行って、ガキからアレを取り戻して来い。うるせえ事言うなら、ここに連れて来いや。探偵だか何だか知らねえが、オレが話をつけてやるよ」 窓際の椅子に座って、４人の男達の愚痴のような話を聞いていた男が面倒そうに懐から長ドスを取り出し、机に置いた。こんな小さな組でも人数がいれば、序列が出来る。窓際の男は組長の次に力を持つ若頭だ。 「とにかく、ヤクの売人名簿がサツに渡ったらまずいが、それよりも、もう一つの方が今は出回られたらヤベえんだ。分かってんだろうな。てめえら、その何とかって探偵ボウスの所にさっさと行って来い」 若頭の言葉に、男達は低い声で応答して、立ち上がった。その時、ドアをノックする音が聞えた。扉についている明かり取りの曇りガラスに、訪問者の影が映っているのが見えた。 若頭が面倒そうに椅子に身体を預け、眉を顰めた。 「誰だ？ ヤス、出ろ」 「へい」 ヤスと呼ばれた男がドアに近づいた。 「誰だ、今取り込み中だ」 低い声で無駄に威嚇しながら、ヤスがドアを開いた。 「こんにちは、僕は工藤新一、探偵です」 テーブルの上に投げ出された写真と同じ顔が、にっこりと笑った。 （2007.05.03初出 2010.10.07再掲） |
|
窓を閉じて下さい | |