星に願いを
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　黒羽快斗は苛立っていた。

　人前ではポーカーフェイスを忘れずに。
　亡き父の教えは魂に刻まれているが、今は他に人目があるわけではない。母親も出かけており、他には誰もいない、自分の家である。怪盗キッドの補佐役であり、父盗一の現役時代から付き人をしていた寺井が見たらさぞ嘆きそうなほど、快斗は不機嫌を露に盛大に眉を顰めていた。
　快斗が睨み付けている視線の先では、情報報道番組という名前のワイドショーがテレビ画面の中で繰り広げられていた。各界の著名人がコメンテーターとしてスタジオに並びに、男性タレントが司会進行を務め、アシスタント女性が画面に花を添えている。低俗とまで言わなくても、世俗的な番組とは言える。そのおよそ似合わない画面の中で、「彼」が口を開くたびに、快斗の機嫌はどんどん悪くなっていった。

　ここ数日、世間を賑わせている一番のニュースは、怪盗キッドに関するものだった。

　怪盗キッドの予告状が宝石の所有者と、警視庁の中森警部の机の上、そして各マスコミに届けられたのだ。原本は勿論所有者に届けられたもので、警視庁とマスコミに届けられたものはコピーだった。
　予告状によると、今回の怪盗キッドの標的は、神野コーポレーション創業者、故神野正好の妻、浜子が所有する大粒のスタールビー。
　神野浜子は若い頃に夫正好と共にヨーロッパへ渡り、異国の地で夫婦二人で苦労して働いて、一財産を築いた人物である。
　夫婦で設立した小さな輸入雑貨の店は、今や総合商社に成長していた。子会社も多くある。子供の居なかった二人は、たたき上げの経営者にありがちな一族のワンマン経営ではなく、血縁に関係なく能力のある社員を重用し、会社として健全な組織を作り上げた。会社が軌道に乗り、世代交代も無事に済んで、満足した二人は会社経営から完全に手を引いた。相談役や名誉顧問などに就任する事もできたが、二人は全く会社経営に関わろうとしなかった。
　神野夫婦は永住権を得て、長年生活の基盤を置いていたフランスで暮らし始めた。二人は働きづめだった現役時代から解放され、悠々自適に人生の余暇を過ごしていたが、それも長くは続かず、昨年、夫の正好が病気で他界した。一人になり里心がついたのか、未亡人となった神野浜子は今年日本へ帰ってきた。
　その彼女が所有するルビーが、今回の怪盗キッドの獲物だった。

　ワイドショーは連日怪盗キッド特集を組み、怪盗キッド専任の中森警部に突撃取材を試みて玉砕する番組や、探偵毛利小五郎をゲストに招き、彼にダジャレを連発されて司会者がうんざりしている番組もあった。その中で、日売テレビのワイドショーは、ついに大本命をゲストに招く事に成功したのだ。
　最近は一時期に比べテレビへの露出が少なくなっており、レア度の増した彼の話題は単独でも怪盗キッドと同じくらい視聴率が稼げた。今回は、その二つを同時に扱えるのである。新聞欄にも彼の名前が載り、『ついにあの名探偵が大怪盗を語る』などと煽り文句もついている。日売テレビもコメンテーターの一人に国民的アイドルの沖野ヨーコを据え、ゴールデンタイムに２時間生放送スペシャル特番として、視聴率独占の構えだった。
　快斗は大学の講義が終わると、その日のバイトは事前に休みを取っておいたので、真直ぐに家に帰った。母親は、今夜は友人達と観劇に行くから、夕飯は適当に食べておくようにと言われている。だから、ちょっと手抜きをして、コンビニ弁当を買ってきた。レンジで温めて、飲み物も用意して、誰もいない居間のテレビの前に陣取った。勿論、ちゃんと録画もしているが、どうしても生放送で彼が怪盗キッドについて何を言うのかが、気になったのだ。

　定刻に始まった番組は華やかなセットが組まれていた。男性司会者が女性アシスタントと掛け合いをしながら、居並ぶコメンテーターに発言を求め、怪盗キッドの今までの事件を振り返っている。勿論、２時間番組なので時間稼ぎの為か、快斗が最近行った犯行だけでなく、亡き父盗一が怪盗キッドだった頃に起こした二十年前の、海外の古い事件も扱われていた。当時の映像は少なく、現地の新聞記事などによる説明が多かった。それらは、以前に快斗も寺井の協力で調べたものがほとんどで、黒羽盗一の扮した怪盗キッドに関する新しい情報は得られなかった。
　快斗がコンビニの温泉卵付きハンバーグ弁当を食べ終わり、一休みも済んだ頃、ようやくメインゲストの登場となった。
　男性司会者が含みのある、視聴者に気をもたせる笑顔でカメラに語りかける。

「それでは、皆さぁん、お待たせしました。新聞のテレビ欄を見ている方はとーっくにご存知ですよね？　今夜は何とスペシャルゲストに、怪盗キッドが狙うスタールビーの所有者、神野コーポレーション創業者故神野正好氏の奥様、神野浜子さんと、あの日本警察の救世主と名高い名探偵、工藤新一さんをスタジオにお招きしております。お二方、どうぞこちらへおいで下さい！」

（2007.12.30初出　2012.05.25再掲）

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