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窓を閉じて下さい | |
| 星に願いを 10 |
| 彼女から依頼を受けた時のことを、工藤新一は思い出していた。 あれは、とある十二月の午後。寒さは緩み、小春日和だった。 神野浜子はテーブルを挟んだ向かいのソファに座った工藤新一の前に、一枚のカードを置いた。 「失礼します」 断ってから、工藤はカードを手に取った。 『 十二月三十日 夜、神野浜子女史所有のスタールビーをいただきに参ります。怪盗キッド 』 名前の後にはいつもの、人を小馬鹿にした怪盗キッドのマークが描かれている。 まるで、花押のようなそれは直接描かれたものであるかどうかで、予告状の真偽を決める基準になる。 浜子の示したカードのマークは確かに、直筆で描かれており、そこだけ見れば、本物と判じてもおかしくない。しかし、探偵の勘というより、対決を繰り返した好敵手の勘を信じるならば。 「神野さん、この予告状は、」 「偽物です」 工藤の先を制して、浜子はにっこり笑って断じた。 「私が用意しました。キッドのイラストは、私の友人であるフランスにいるアーティストの方にお願いして描いていただきました」 「何故、このような物を？」 「怪盗キッドに会いたいからですわ」 浜子の端的な答えに、工藤が驚きに眼を瞠る。 「怪盗キッドに、会いたい？」 「ええ。知人にそう話しましたら、偽物の予告状と、工藤新一さん、貴方を揃えて大々的に宣伝すれば、キッドは必ず現れるだろうと教えていただきました」 どこの誰がそんな事をという愚問が咽喉元まででかかったが、答えの分かりきった問いを口にするのは抵抗があった。 工藤は深い溜息をついた。 初めから気乗りのしない依頼だったのだ。何せ、紹介者は工藤優作である。あの父がわざわざ新一に国際電話をかけてきたのだ。彼女の言う、怪盗キッドに会うためのろくでもない方法を教えたのも、間違いなく優作だろう。 通話口の向こうの父親は、とても楽しそうだった。 『私が昔、フランスでとてもお世話になったご夫婦でね。ご主人に先立たれた奥様が、ぜひともお前に仕事を頼みたいという事なんだ。よろしく頼むよ、新一』 自分の言いたい事だけ言って、優作からの電話は切れた。絶対に、父は浜子がしようとしていた依頼内容を知っていたに違いない。電話越しの楽しそうな声音が耳に蘇る。その時点で、一筋縄でいく依頼ではないと分かりきっていたが、まさか、探偵の自分に対して、怪盗への仲介を頼まれるとは思わなかった。 優作の電話のすぐ後に、依頼人に頼まれたという彼女の使用人から連絡が入り、面会の日時が決まった。その日の午後に屋敷に来てくれという、怒涛のような展開だった。幸い、午後には特に予定がなかったので、新一は依頼人宅を訪問したのだが、そこで教えられた依頼内容は新一の得意とする殺人などの凶悪事件の分野ではなかった。 怪盗キッドに会いたいから、その為の餌になれとは。 「何故、彼に会いたいのですか？ 彼はまだ活動をやめていません。その内に予告状を出して、また新たな盗みをするでしょう。その時に、見に行けばよろしいのではありませんか？」 工藤の言葉に、浜子は自嘲するように微笑んだ。 「私は、彼にどうしても言いたい事があるのです。言わなければならない事があるのです。その為には『見る』のではなく、会わなければなりません。ですが、ご覧のように私はすっかり衰えてしまいました。一人では外を歩く事もままならず、視力もかなり弱ってしまいました。だから、図々しい話ですが、彼をこの家に招待したいのです」 冬にしては温かい風がゆるりと部屋に入り込み、カーテンを揺らしていく。 「どうか、私をあの人に、怪盗キッドに会わせて下さい」 風に誘われるように、浜子は顔を窓へ向けた。 「それが私の願いです」 若い頃の苦労の所為か、皺が深く刻まれ髪の毛に白いものがより多く見える彼女は、六十歳半ばという実年齢よりも、老けて見えた。けれど、その横顔はあくまで穏やかで静かだった。 それが、工藤が彼女から受けた依頼だった。 （2007.12.30初出 2012.07.31再掲） |
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