星に願いを13

星に願いを
13

　快斗は飲もうとしたコーヒーを思わず噴きそうになったが、寸前で留まり、『ポーカーフェイス、ポーカーフェイス』と胸の中で呪文を繰り返した。
「誰が、そのような事を？」
　快斗はあくまで表面上は怪盗紳士らしく、涼しげな微笑を湛える事に成功した。
「工藤さんのお父様、工藤優作さんです。彼は私の古い友人になります。私が、怪盗キッドに会うにはどうしたらいいのかご相談しましたら、優作さんが、偽の予告状と息子の新一さんを揃えれば、キッドさんは負けず嫌いだから必ず出てくると教えて下さったのです。実は、正直半信半疑だったのですけれど、でも、さすが、優作さんですわ。本当に言われた通りでした」
　快斗は不覚にも、頬が引きつるのを抑えられなかった。視界の隅で、工藤は工藤で深い溜息をついている。世界的な小説家の前では、日本屈指の名探偵も世界を股にかける大泥棒も子供扱いだった。
「あのワイドショーの出演は？」
「駄目押しです」
　浜子は平然と言った。
「有希子さんが、あ、優作さんの奥様です。その有希子さんが、これでは宣伝が足りないと仰って、ご自身のお知り合いを通じてテレビ局と交渉してくださったんです。そうしたら、テレビ局の方も二つ返事でＯＫしてくれました。それで、工藤さんと、私の代わりに峰子さんに出てもらったんです」
「なるほど。だから、二人とも必要以上に挑発的な発言をされていたわけですね」
　工藤が鼻で笑った。
「いや別に。ただの本音だったけどな」
「あの、私も一つお聞きしたい事があるのですが、よろしいですか、キッドさん」
「何でしょう、奥様？」
「何故、キッドさんは工藤さんの変装をしてやって来たのですか？　工藤さんが屋敷内にいる可能性もありましたのに。事実、工藤さんは隠れていましたが、屋敷内におりました」
「それはですね、簡単な事です。でも、まずはお詫びからいたしましょう」
　キッドは胸ポケットから小さな機械を取り出した。
「これは盗聴器です。非常に申し訳ありませんが、これを数個お屋敷につけさせていただきました。勿論、後で全て回収させていただきますので、ご心配なく。機械が拾った昨日の会話では、工藤探偵が帰った気配がないのに、帰ったという事になっており、それを中森警部は全く疑っていなかった。ならば、名探偵殿は家の中で潜んで、私を待ち構えていると判断しました。その推測ははずれていなかったわけですが。工藤探偵が隠れている事を知る人が少ない、若しくは言う事が出来ない状況のようでしたので、それを逆手に取らせていただきました。おかげで侵入が楽でした。助かりましたよ、名探偵」
　以前にも下見に工藤新一に変装するという、似たような手を使った事があった。工藤は答えずに、ただ不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「でも、あの中森警部のチェックはどうやったのですか？」
「本当に。私は近くから見ていましたが、全然分かりませんでしたわ。本当のお顔のようで」
　浜子の疑問に、その時に浜子の代役を務めていた峰子も同調した。
　その疑問に対して、快斗に出来る事は、もう笑って誤魔化すしかなかった。
「残念ながら、それは企業秘密ですので、お教えできません。願わくば、この件に関しましては、詮索と他言は無用にお願いします」
「そうですね、忘れて下さい。私も忘れます。失礼な質問をして、申し訳ありませんでした」
「いえ。それで、奥様、何故私のようなしがない泥棒に会いたいと思われたのですか？」
「はい、私にはどうしても貴方に言わなければならない事が、伝えなければならない事がありまして。ですが、私から出向く事が出来ず、ご足労願いました。峰子さん、お願いします」
「はい、奥様」
　峰子が宝石箱を一つ持ってきた。蓋を開けて、キッドの前に中身を示した。
　中心に放射状の輝きを持つ、スタールビーのブローチがそこにはあった。
「これが奥様所有のスタールビーですか」
「はい。金銭的な価値は低いものです。これを、キッドさんに、貴方に差し上げます」
「どういう事でしょうか？」
「覚えてはいらっしゃらないでしょうが、二十年前のパリで、私ども夫婦は貴方に救われたのですよ、キッドさん」
　浜子は懐かしむように、瞳を細めた。

（2007.12.30初出　2012.09.04再掲）

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