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窓を閉じて下さい | |
| 星に願いを 14 |
| 浜子の話をまとめると、以下の通りだった。 二十年前のパリで神野夫妻は約束していた取引先の社長に会いに行くと、事務所で待っている筈の社長が死体となって床に転がっていた。その隣には、血まみれの刃物を持った社長夫人が立っていた。夫人は夫妻を見つけると、鬼のような形相で睨みつけた。 「何で、今日、来るのよ！」 元々、神野夫妻は社長とアポイントを取っていたが、夫人は知らなかったらしい。勿論、そんな事は神野夫妻の責任ではない。 夫人は当時パリを騒がせていた泥棒が事務所に盗みに入り、運悪く社長と鉢合わせて、居直った泥棒に殺されたと装うように計画していたらしい。しかし、神野夫妻が現れた事で、計画変更をした。神野夫妻が社長を殺そうと揉み合い、社長と神野が相討ちになり、神野の妻は自ら命を絶ったと筋書きを変える事にしたのだ。 「もしくは、私の正当防衛にさせてもらうわ」 人数的には二対一ではあったが、相手は凶器と、そして何より人を殺したばかりの興奮状態にあった。人を傷つける事に何の躊躇いも持っていない相手に、恐怖心を持った人間が立ち向かうには分が悪すぎた。しかし、そこへ助けが現れた。 それは、現在も変わらぬスタイルを貫く、白いスーツとマント、シルクハット姿の泥棒だった。この泥棒は予告状を出す事で知られているが、当時はまだ彼が活動を始めたばかりの為、予告状自体がまともに取り扱われていなかった。社長も、夫人が作った偽の予告状を笑い飛ばし、警察にすら届けなかった。ただ噂好きのパリジャンの間で、また白い泥棒の予告状が出たと話題にはなっていた。 「これはこれは、無粋なシーンに居合わせてしまいましたね」 まるで、全てを承知しているかのように、白い泥棒はあっという間に社長夫人の手から刃物を取り上げ、麻酔薬か何かを嗅がせて、夫人の意識を昏倒させた。 「美しいご婦人の手に、こんな刃物は似合いませんよ」 意識を失った社長夫人をソファに寝かせると、目の前で起こった事態についていけず、その場に座り込んでいた神野夫妻に白い泥棒は優しく声をかけた。 「もう大丈夫ですよ。申し訳ないが、警察への連絡をお願いしてよろしいですかな？ 泥棒である私が警察を呼ぶわけにはまいりませんので。ああ、それと、ついでというわけではありませんが、警察に予告状が偽物である事と、私が殺人犯ではない事を証言してもらえますかな。美しいご婦人のためとはいえ、流石に濡れ衣は着たくありませんので」 「あ、ああ、はい。分かりました」 夫の神野正好が呆然と頷くのを見て、泥棒は浜子へ手を差し伸べた。 「奥様、立てますか？」 「は、はい」 白い手袋に包まれた手に縋り、浜子は立ち上がった。泥棒は何を思ったか、浜子の胸につけていたブローチを凝視した。先日の結婚記念日に、夫から贈られたブローチだった。取引先の社長に会うのだからと、浜子にとって精一杯のお洒落のつもりだったのだが、泥棒の興味を引いてしまったのかと怯えた。しかし、白い泥棒は片眼鏡の奥でにっこりと優しく微笑んだ。 「奥様、素敵なブローチをお付けですね。その素晴らしい星はきっと、貴女の願いを叶えてくれますよ。貴女を幸せにしてくれます。大事にされるといい」 ポンと弾ける音と煙の後に、泥棒の手の中に真赤な薔薇が現れた。 「今夜の不幸な出来事と出会いは、早くお忘れになった方がいい。では、失礼」 薔薇を浜子の手に残し、白い泥棒は現れた時と同様に、窓から去っていった。 （2007.12.30初出 2012.09.14再掲） |
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