星に願いを3

星に願いを
3

「私達夫婦は、海外で二人きりで商売を始めましたが、やはり初めからうまくいくという事はありませんでした。苦労の連続でした。ある時、取引先の社長夫人にお会いした時、その方がそれは素敵な宝石のブローチをお持ちだったんですよ。私、ちょっと羨ましかったんです。主人にはその気持ちを見抜かれていました。主人たら、その帰り道に、いつか絶対にあのブローチよりも大きな宝石のついたブローチを私にプレゼントするよって言ってくれたんです。その気持ちだけで嬉しかったですわ。幸い、その後仕事も軌道に乗り、時間はかかりましたが、何とか人並みの生活が出来るようになりました。二十年前の結婚記念日に、あの人、私の誕生石のルビーのついた、このブローチを贈ってくれたんです。『今までありがとう、これからもよろしく』って。それから、私はこのブローチをお守りにして、肌身離さずつけていました。主人の亡くなった今、だから、このブローチはお守りであると同時に、主人の代わりでもあるのです」
「そうだったんですか。ありがとうございます。いいお話を聞かせていただきました。それにしても、そんな思い出の大事な宝石が怪盗キッドに狙われて、とても心配でしょう？」
「ええ、やはり、警察の方が警備をしてくれていますが、不安がないと言えば嘘になります」
「でも、怪盗キッドは宝石を盗んでも、ほとんどが後で返していますからね。その点は安心なんじゃありませんか？」
　司会者の質問に、神野は困ったように眉を寄せた。
「確かにそうなんですが、でも、やはりいくら返却されたとしても、大事なこのブローチを、どこの誰とも分からない人が、しかも国際指名手配の犯罪者が触れるというのはいい気分ではありません。私と主人との思い出を、土足で踏み荒らされるようなものですから。それに、今までは返却されてきましたが、今回もそうであるとは言い切れないのではありませんか？」
「確かに、神野さんの仰るとおりですな。工藤君は探偵として、どう思われます？」
「僕もそう思います。世間的には怪盗キッドをヒーロー的に扱うマスコミも多いですし、人を傷つけない義賊的な行動に賞賛を送る人々の気持ちも理解できないわけではありません。ですが、僕は探偵という立場ですので、やはり怪盗キッドを犯罪者としてしか見る事はできません。彼がどんな目的で窃盗を繰り返しているのか分かりませんが、どんな理由があろうと、犯罪は犯罪です。それに、彼の行動理由が分からない以上、今までは紳士的であったかもしれませんが、いつ凶悪な強奪者にならないとも言いきれないのです」
「これは、なかなか手厳しいですね。さすが、工藤君、お若いのに優秀な探偵は違いますねぇ」
　工藤の強い調子に、司会者がわざとらしい笑い声で、静まり返った場を和らげようとした。神野も笑顔を工藤に向ける。
「とても頼もしいですわ、工藤さん。是非とも、私の大事な思い出を守ってくださいませ」
「そうそう、大事な事をお聞きするのを忘れていました。今回、神野さんは個人的に工藤探偵に警護をお願いしたと言う事ですが、工藤探偵の事はどこでお知りになったのですか？」
「工藤さんも勿論有名な探偵さんですから、お名前は以前から存じていましたわ。それに、私が困っていましたら、工藤さんは優秀な方だから、必ず助けてくれると勧めて下さる友人がおりまして。その方の紹介で工藤さんにアポイントを取りましたら、すぐに会いに来てくださったんです。お話をしましたら、お若いのに、日本警察の救世主と呼ばれるだけの事はあって、豊富な知識と深い洞察力に感心いたしました。警察の方が頼りないというわけではなく、自分でも大事な宝石を守るために出来るだけの事はしようと思いまして、個人的に宝石の警護を工藤さんにお願いしたんです」
　神野は口元に手を当て、小さく笑った。
「本当は、怪盗キッドから宝石を守ってくださった方に、微々たるものですが私の遺産を差し上げようかと思っていたのですが、さすがにそれは弁護士に止められました。トラブルの元だと注意されましたわ」
　あっさりと言われた言葉に、司会者が眼を丸くして身を乗り出した。
「神野さん、いくら何でも遺産だなんて、奥さん、まだまだお若いじゃないですか」
「ですから、若作りなだけですよ。私よりも三歳年上だった主人も亡くなりました。私もそろそろそういうのが気になる年ですから」
「いやいや、お若くていらっしゃる。あ、そうか、神野さん、昨年旦那さんが亡くなられたばかりで失礼かもしれませんが、今独身て事になるんですよね。勿体ないですな。そんなにお綺麗なんですから、どうですか、新しい恋でもなさっては？」
「嫌ですわ、こんなお婆ちゃんを相手にしてくださる方なんていませんよ」
「そんな事ないですよ。人間、いつだって恋は大事です。年齢なんて全く関係ないですよ。ねえ、工藤君、そう思わない？」
　水を向けられた工藤は、営業用の笑顔を卒なく閃かせた。
「そうですね。それに、神野さんは無粋な僕の眼から見ても、充分魅力的な女性だと思いますよ」
「君も言うねえ。神野さん、どうですか、こちらの工藤君なんて素敵だと思いますけど」
「ええ、本当に。でも、こんなに若くて素敵な方ですもの、恋人がいらっしゃるでしょう」
「それがなかなか。仕事と学業が忙しく、恋人を作る暇なんてありませんよ」
「まあ、勿体ない。私がもう少し若ければ、お食事にお誘いしたいぐらいなのに」
　工藤は声を立てて笑った。
「ありがとうございます。では、今度、この件が落ち着きましたら、ご一緒にお食事でもいかがですか？　いいレストランを知っています。きっと、神野さんのお口にも合うと思いますよ」
「お、積極的行動に出てきたね、若者が。やるねえ。逆玉を狙ってるのかな。いや、でも工藤君の家も結構なお金持ちだったよねぇ。おっと、ここですみません、盛り上がってきたところですが、ＣＭが入ります。この後も、まだまだ見所が盛りだくさんですので、チャンネルはそのままでお願いしますよ！」
　軽快な司会者の言葉と共に画面が切り替わり、色とりどりのＣＭが次から次へと流れていく。快斗は画面を睨みつけたまま、ぎりっと唇を噛んだ。

　番組が始まってから感じていた苛立ちは、今や怒りに変わっていた。
　何も知らないくせに、自分は分かっているような顔で怪盗キッドを語るコメンテーターや司会者など、どうでも良かった。最近の怪盗キッドの犯行は知らないだろう、海外長期滞在者の金持ち未亡人が怪盗キッドをただの窃盗犯のように扱うのも、不本意だが、仕方ないと割り切れた。
　しかし、何度も怪盗キッドと対峙し、時には共闘関係もあった探偵が、テレビ向けの為かキッドを薄汚い犯罪者のように語るのは我慢ならなかった。もう一つ、金持ちの未亡人に色目を使っているのも、許せなかった。恋愛事に疎い探偵の事だから、無意識だとは分かっていたが、彼から食事に誘われ、明らかに神野未亡人は年甲斐もなく嬉しそうだった。
「ったく、何してやがんだ、へぼ探偵」

　偽物の予告状すら見破れないくせに。

（2007.12.30初出　2012.06.03再掲）

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