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窓を閉じて下さい | |
| 星に願いを 5 |
| 怪盗キッドの犯行予告日当日、神野邸の周辺は物々しい警備態勢が敷かれていた。その外側を更に囲むように、報道陣のカメラと野次馬が集まっていた。ワイドショーには出演したが、さすがにドキュメンタリー番組を作る協力をする気は神野浜子にはなく、報道陣は敷地内に入る事は許されなかった。警察の邪魔になるからと理由を言われれば、誰も反論は出来なかった。 神野邸は郊外の閑静な住宅街に立つ一軒家だった。家主の浜子が一人で住み、身の回りの世話をする使用人が一人出入りしている。部屋数はあり、一代で一財産を築いた人間の家にしては小さいが、夫に先立たれた未亡人が住むには広い家だった。夫の故正好氏と違い、浜子はあまり社交的ではないと、質素な佇まいを訝る警備の警察官に彼女は自らそう説明した。人の出入りを好まない浜子には、生活するのに不自由のない、この大きさの家で充分だった。社交的な上流階級の人間から見れば狭い敷地の家は、他人の訪問を断わるには都合がよかった。 警察はまず取り囲むように、屋敷の周囲に警察官を配置した。門扉を入り、両脇が花壇に彩られた短いアプローチを通り、玄関に到る。門扉と玄関にそれぞれ二名ずつの警察官が配置され、横から回り込んで入る事の出来る庭には四名が警備に当たっていた。 玄関を入ってすぐに待ち構えているのは、怪盗キッド逮捕に執念を燃やす中森銀三警部だった。入念に警備計画を立て、陣頭指揮を取っている中森の声が屋敷中に響いていた。 「こらーっ！ そこの部外者、何をしているか！」 玄関から入ってきた見た事のない男に、中森は声を荒げた。 ブランド物のスーツを着た大柄の中年男性は、中森の怒鳴り声にうるさそうに眉をしかめた。 「私は神野コーポレーション傘下の神野食品常務、近江輔だ」 「近江？ 神野さんとの関係は？」 「仕事関係以外で言うなら、神野さんの親戚だ。彼女の兄弟筋の親戚だから、名字は違う。事前に連絡を入れてある筈だが」 近江と名乗った男は、顔写真の入った会社のＩＤカードと運転免許証を示した。 中森は鼻を鳴らした。 「確かに、神野さんから人が訪ねてくると聞いているが、そんなものはいくらでも作れるわい」 言うなり、前置きもなく中森は近江の頬を力いっぱい引っ張った。しかし、そこに中森が期待した感触はなく、掴んだ皮と一緒に本物の血肉を持った顔が痛みに歪みながら、ついてきた。 「何だ、本物か」 舌打ちをする中森の手を、近江は叩き落とした。 「何をする！」 「キッドは変装の名人だ。今日、この屋敷に出入りする人間は全てワシのこのチェックを受けてもらう。神野さんにも了解済だ。どうやら、あんたは怪盗キッドの変装ではないようだな」 「当たり前だ。確認出来たのなら、入ってもいいな？」 「ええ、どうぞ。お入り下さい。お待ちしていましたよ、近江さん」 中森の代わりに、六十過ぎとは思えない張りのある声が、近江の訪問を歓迎した。 神野浜子が２階から階段を降りてきた。活動的なパンツスーツ姿は、実年齢を感じさせない。 「改めて、初めまして、近江さん」 階段を降りて、歩み寄ってきた浜子は背の高い近江を見上げた。 「確か、親戚と言っても、貴方にお会いするのは初めてでしたわね。基本的に、私は裏方に徹してあまり表には出ませんでしたから」 近江は大柄な身体を丸めて貼り付けたような笑みを浮かべて、首を振った。 「いえいえ。一度、会社の創業記念パーティで、ご一緒させていただいたことがあります。そこでお会いしています。あれは何年前でしたか。あの頃と全く変わらずに、お美しくていらっしゃる」 「まあ、ありがとう。でも、申し訳ないけど、私は貴方の事はあまり覚えていないわ」 浜子は考え込む仕草を見せたが、すぐに頭を横に振って溜息をついた。 「ダメね、もう年だから物忘れもひどくなっているみたい。思い出せないわ」 「ああ、いえ。パーティは大勢の方がいましたし、私は少し遅れていきましたので、私のような末席の者を覚えてはいなくて当然です」 「悪いわね。それで何のご用かしら？ 今日でなければならないお話って。ご覧のように、今は少し立て込んでいますの。用件は短めにお願いしますわ」 「はい、分かっております。あの、ここでは何なので、どこかもう少し落ち着いて話せる場所はありませんか？ お時間は取らせませんから」 「ああ、そうね。立ち話もなんだったわね。場所を移しましょう。あら？」 警備の警察官達の声に浜子が玄関に視線を向けると、次の訪問者が姿を現したところだった。 玄関を開けて、探偵の工藤新一が入ってきた。 （2007.12.30初出 2012.06.11再掲） |
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