冬の夢6

Winter　Dream　6

　執事の加藤に案内された食堂には、一人分の食事が用意されていた。
「他の方は？」
　席に着きながら新一が問うと、加藤は穏やかな笑顔のまま答えた。
「旦那様はお部屋でお召し上がりになります。私ども使用人は他の場所でいただきます」
「いつもですか？」
「ええ。旦那様は身体を悪くされてから、あまり他の方とご一緒にお食事をされる事はありません。お部屋から出る事もあまりありません」
「ああ。だから、気づかないのですね」
「何のお話ですか？」
「いえ。こちらの事です」
　加藤の給仕で一人の食事を済ませた後、新一は屋敷内を歩く許可を取った。
「もう遅いので、お屋敷の外に出るのは控えていただきたいのですが」
「勿論です。でも、折角ですので、お屋敷の中を拝見させていただこうと思いまして」
「はい。ご自由にどうぞ。ただ旦那様のお部屋やその周囲はご遠慮ください。旦那様は20時には寝てしまわれますので」
「分かりました」
　新一はナプキンで口元を拭いて、立ち上がった。

　時計の針が22時を回った頃、執事の加藤は戸締りの確認に屋敷内を見回っていた。既に、運転手の大島も世話係の福山も屋敷内にはいない時間帯である。現在、屋敷の中にいるのは、主と、彼の客である探偵、そして執事の三人だけであった。その筈だった。しかし、周囲の様子が何かおかしい。
　防犯カメラのモニター室に行ったが、通常ならば24時間映像を写し続けている筈のモニターは、全て消えていた。警備会社へ連絡しようにも、回路が切断されているようだった。回路が切断されれば、その時点で警備会社へ連絡が行き、確認の電話が入る筈だが、ダミーの回路に繋げられているらしく警備会社も動いている形跡がなかった。電話回線も繋がらない。
　加藤は懐中電灯を消して、まず探偵の工藤新一がいる部屋に向かった。
　幸いな事に、今夜は満月だった。多少雲は多いものの、まだ雲の切れ間から月明かりが差し込んでいた。その僅かな光量だけでも、見知った屋敷内を歩くのに加藤には充分だった。
　探偵の部屋の扉を、小さくノックする。
「工藤様、起きていますか？　失礼します」
　声を潜めて扉を開けて、部屋の中に入る。明かりはついていなかった。
「工･･･」
　声をかけようとして、加藤は口を噤んだ。予想に反して、工藤新一はベッドで眠っていなかった。窓際のカーテンに隠れるようにして、外の様子を伺っている。入ってきた加藤に向けて、口元に人差し指を立てて、声を出すなと合図してきた。
　加藤は頷いて、無言で探偵に近づいた。月明かりが床に落とす、窓枠の影を自分の影で遮らないように気をつけた。
「工藤様」
　聞こえるか聞こえない声量で囁いた。工藤新一は頷いて、顎で外を示した。
　探偵の肩越しに外を覗くと、手入れされた花壇の影を、数人の人影が身を屈めて移動しているのが見えた。
「屋敷の周りはもう囲まれているようです」
「一体、誰がこんな･･･。何の目的で･･･」
「それは本人達に確認するしかないでしょうね。防犯システムはどうなっていますか？」
「切断されています」
「やはり。僕から、知り合いの警視庁の刑事に連絡しておきました。彼らが到着するまでの時間を稼げれば、何とかなるでしょう。」
「流石、工藤様。この場所がどこだかお分かりだったのですね」
「東都郊外にある、某経済団体の前会長、石村清吉氏の別荘、ですね？」
「恐れ入りました」
「ええ。場所からの判断と、あと石村氏の写真は随分若い頃のものですが、以前に新聞で拝見した事がありますから」
「そうでしたか」
　涼しげな工藤新一の眼光が鋭さを増して、外の様子を注視する。
「相手はざっと見て15～6名。こちらは歩く事もままならない老人を含めて、3名。人数的には圧倒的に不利だ」
「はい」
「だが、付け込む隙はある」
　工藤新一はゆっくりと振り返った。全てを見透かす慧眼の持ち主は真っ直ぐに見つめてきて、悪魔のように狡猾な笑みを浮かべた。
「奴らは、ここに工藤新一と怪盗キッドがいる事に気づいていない」
「何だ、やっぱりバレていたんだな」
　加藤は肩を竦めて、温厚そうな表情に似つかわしくない笑みを口の端に刻んだ。

（2008.12.29初出　2020.10.24再掲）

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