保健医3

保健医シリーズ
3

　警備主任のロッソがそこに立っていた。

「私ともあろう者が鍵を掛け忘れたか」

　相変わらずアーバインの上に乗ったまま、シュバルツが冷静に分析する。ロッソが首を振り、鍵の束を見せた。

「残念だが、オレはマスターキーを持っているからな。結果は同じだ」
「そうか。では、不可抗力で仕方がないな。で、何の用だ？」
「それよりも、オレの上から降りろ！」

　アーバインが怒鳴ったが、シュバルツは完全に無視した。他の人間が来たというのに、行為を諦めているわけではないようだ。アーバインは乱れた衣服を直す事も出来ず、言い訳も出来ない体勢に羞恥で首まで赤くしているというのに、元凶のシュバルツは、何ら普段と変わらずに涼しげな表情だった。それでいて、その腕はしっかりと獲物を押さえつけている。

　職務に忠実な警備主任はまるで、目の前の状況など知らぬげに哀れな理科教師の存在を思い切り無視した。

「そろそろ下校時刻だ。建物の戸締りが出来ないんでね。帰ってくれないか。他の連中はもう皆帰っているぞ」
「延長希望だが」
「残念ながら、延長も宿泊も受け付けていない」
「御休憩のみか」
「お前ら、真面目な顔してナニ話してやがる！」

　アーバインの怒鳴り声は力を増したが、彼らにとって少し大きめのＢＧＭ以外の何物でもなかった。
　シュバルツは両手を自分のネクタイで縛られても、尚もがくアーバインを完全に押さえつけたまま考え込む。

「ふむ、それではテイクアウトしかないようだな」
「それが懸命だな。大体、シュバルツ、お前変な噂立っているぞ」

　苦虫を噛み潰したようなロッソの表情に、シュバルツが首を捻る。どうやら心当たりはないらしい。

「どんな噂だ？」
「たまに深夜の校内から変な声が聞こえてくるって話を聞いた事があるだろう」
「ああ、よくある学校の怪談話の一つだな」
「そう、それがお前が人体実験をしているからだって噂になっているんだよ。まあ、ごく一部だけどな」
「失敬な。誰が人体実験などするか。心配するな、私が興味ある人体はお前だけだぞ、アーバイン」

　縛られ、上に乗られた状態で瞳を輝かせてそんな科白を言われれば、血の気が引こうというものだ。

「おい、ロッソ、このエロ保健医をどうにかしてくれ！」

　理科教師が必死になって警備主任に泣きつくが、頼みの綱のロッソは首を振った。

「悪いな、アーバイン。オレも我が身が可愛いんだ。自力で何とかしてくれ」

　警備主任は片手を挙げて、爽やかに笑った。

「賢い選択だ。では、時間切れのようだから、続きはまた後でな」

　その科白をようやく解放されると勝手に解釈して、安堵したのはアーバインの人の好さだろう。
　天使の容貌を持つ悪魔は身に纏った白衣のポケットから小瓶を取り出す。慣れた手つきで数滴をハンカチに染み込ませた。

「何やってんだ？」

　疑問の答えをアーバインはその身をもって知る事になった。
　シュバルツは柔らかく笑んで、ハンカチでアーバインの鼻と口を覆った。
　うめき声すら上がらなかった。アーバインの薄紫の瞳が見開いて、すぐに瞼は力を失い閉ざされた。

「麻酔か？　そんな物を持ち歩いているのか、お前は」

　呆れたようなロッソの言葉にシュバルツは優雅に微笑する。

「なに、ただの紳士のたしなみだよ」
「ああ、そうかい」

　動かなくなったアーバインの上から、ようやくシュバルツが降りた。

「では、ロッソ、すまないが、アーバインを私の車まで運んでくれないか」

　警備主任は肩を竦めて溜息をついた。

「まあ、それで戸締りが出来るんなら、お安い御用だ」

　哀れに眠るアーバインを肩に担ごうとして、縛られた両手にロッソの視線が止まる。

「せめて、これ外してやってもいいか？　窮屈だろう」
「いや、そのままでいい。その方がお持ち帰り仕様だろう。それに車の運転中に目覚めて暴れられても困るからな」
「へいへい」

　内心で理科教師に詫びながら、ロッソは力ない身体を肩に担ぎ上げた。

「全く、お前に気に入られたんじゃあ、アーバインも災難だな」
「いや、そうでもないぞ」

　ロッソの肩に担がれて揺られているアーバインの顔を覗き込み、その寝顔にシュバルツは満足げに微笑する。

「確かに、私がいるからアーバインは疲れが取れないかもしれない」

　彼に向かう正直な欲を抑える気は更々なかった。

「だが、私がいるからこそアーバインはこうして何も考えずに眠る事が出来るのだよ」

　こんな風に強制的に休ませなければ、人の好い彼は生徒の為に際限なく頑張ってしまうだろう。

「なるほど、一応バランスは取れているというわけか」
「恐らく、アーバインにしてみれば不本意だろうがな」
「確かに勝手な理屈ではあるな」

　ロッソがアーバインを担ぎ直すので揺すり上げたが、よほど強力な薬を嗅がされたのか目覚める気配は一向になかった。

「ま、何にしろオレの仕事の邪魔にならなければ問題はない。好きにしてくれ。だが、一つだけ言わせてもらうか」
「何だ？」
「あまり保健室を私用に使うのはどうかと思うぞ。生徒に見られたらどうするつもりだ」
「私は別にかまわんがな。だが、気をつけよう。アーバインはなかなか人気があるからな。これでも私の気苦労は多いのだぞ」

「それ以上に、アーバインは苦労しているだろうがな」
　と言いたいところだったが、やはり、我が身可愛さで言葉を飲み込むロッソだった。

「まあ、勿論、苦労させられている分、楽しませてもらっているがな」

　翡翠の瞳が鮮やかに笑みを刻む。

　その残忍な煌きに、今夜のアーバインの身の上を思い、ロッソは溜息をつく。
　非道な保健医の片棒を担いでいるが、それでも、心情としては哀れな理科教師に同情を禁じえない警備主任であった。

　太陽が投げかける最後の光が眠るアーバインの横顔を照らす。
　終わらない夜が始まるのはこれからだった。
(2003.06.22UP)

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･･････終わりです。
保健医という設定を使い切れていませんが、とりあえずはこれで終了です。
自主規制という四文字熟語との戦いの結果、思ったより可愛いオチになったのではないかと思いますが･･････ダメ？
自分的には、この後は縛られたままでアーさんはエロ保健医の診察を受ける事になると楽しいなぁと思っております（鬼畜生め）。
だから、何が言いたいのかと申しますと、あとは皆様の想像力次第ということで･･･
ごめんなさい！（滝泣ダッシュ）

窓を閉じて下さい

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